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鉄欠乏性貧血
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赤沢富士男 技師(平成11年6月 呉地区血液勉強会)

タイトル  鉄欠乏性貧血 iron deficiency anemia は、よくお目にかかる貧血のひとつです。 診断上、若干の注意点に気を払えばとくに難しい疾患ではありません。

 今回は、鉄欠乏性貧血を通して、鉄代謝の一部を学習したいと思います。


血液検査所見  患者は、貧血症状を訴えられて受診された52歳の女性です。

 検査所見を見てみましょう。

 血液検査所見では、白血球数(WBC)、赤血球数(RBC)、血小板数(PLT)はいずれも正常です。

 …が、ヘモグロビン(HGB) 8.5g/dlと強度の低下を示していますから、明らかに貧血です。 さらにヘマトクリット(HCT)も低下してますから小球性低色素性貧血と言えます。 この時点で『鉄欠乏性貧血』を疑うことができます。

 白血球分類では、若干の異型リンパを認めますが、風邪でもひかれているのでしょうか。 その他、とくに異常は認めません。


末梢血液像  末梢血液像です。

 正常のものと比べるとよく分かるのですが、サイズの小さい赤血球で占められます。 赤血球の中央の明るい部分(central pallor)が広く見えるのは、低色素性であることの証しとなります。

 他に楕円赤血球(elliptocyte)、標的細胞(target cell)などが見られます。

 いずれも鉄欠乏性貧血の特徴と言えますが、小球性低色素性貧血で標的細胞が見られる場合、 注意しなければならない疾患があります。あとで詳しく述べますが、サラセミア(thalassemia)です。


生化学検査所見  鉄欠乏性貧血ならば血清鉄(Fe)の低下をみるはずです。

 生化学検査所見を見てみますと、血清鉄(Fe)の低下のみならず、 貯蔵鉄を表わすフェリチンにも強い低下を認めます。UIBC(不飽和鉄結合能)は逆に増加しています。

 血清鉄の減少が確認できれば、『鉄欠乏性貧血』と診断して差し支えないでしょう。


鉄欠乏性貧血  鉄欠乏性貧血は、小球性低色素性貧血、すなわちMCVとMCHが低値を示します。 体内鉄の不足が原因で起こり、体内鉄である血清鉄(Fe)およびフェリチンが低下します。 総鉄結合能(TIBC)は、その体内鉄の不足を補おうとする結果、増加します。

 鉄欠乏性貧血の治療は、不足した鉄を補えばよいわけですから、鉄剤を投与します。 不足していた鉄が充分供給されれば、当然貧血は改善され、回復します。


鉄の代謝(1)  さて、ここから鉄の代謝を見てみましょう。

 まず身体全体から見た鉄の出納について見てみます。

 鉄は、腸粘膜や皮膚の老化した細胞の脱落により、毎日1mgずつ失われていきます。 ふつうは毎日の食事で同じ1mgを補っていますから、鉄欠乏による貧血になることはありません。


鉄の代謝(2)  次に人体の中での鉄の流れを見てみましょう。

 鉄の大部分は、骨髄赤芽球を含めた赤血球の中に2,300mg存在しています。 組織中には貯蔵鉄として1,000mg、血漿中には血清鉄として3〜4mg存在し、絶えず循環しています。

 さきに述べました鉄の出納で、毎日1mgずつ失われていきますが、 食事により補われていますので、このバランスは保たれています。


鉄欠乏性貧血の機序(1)  さて、この体内における鉄の循環がどのように崩れて貧血になるのでしょうか。 その機序を家庭における財産にたとえて考えてみましょう。

 1日の収入は1万円で、1日の生活費(支出)も1万円とします。 収入は食事による鉄の摂取、生活費は毎日失われる鉄分に相当します。

 すぐに出し入れのできる財布の中身は血清鉄に相当し、いつも大体3〜4万円入っています。

 銀行には1,000万円の貯金があります。こちらは貯蔵鉄に相当します。

 家の財産として2,000万円相当あります。こちらは血液組織中の鉄分に相当します。


鉄欠乏性貧血の機序(2)  毎日の収入がまったく入らなくなりました。

 それまでの生活を維持するため、銀行の貯金を切り崩しました。 鉄欠乏性貧血ではまず貯蔵鉄であるフェリチンが先に低下します。

 血清鉄にはまだ手をつけられず、貧血の症状は出ていない状態です。


鉄欠乏性貧血の機序(3)  さて、とうとう貯金がわずかとなりました。それまでの生活をそのまま維持することはできません。 財布の中身を減らし、車も売ってしまいました。

 貧血の発症です。


鉄欠乏性貧血の機序(4)  貯金もなくなり、財布の中身も空っぽ状態。とうとう財産もなくなりました。

 自己破産です。つまり死です。

 このように、鉄の摂取が減ると、まず貯蔵鉄であるフェリチンが低下し、 続いて血清鉄が低下し、貧血となります。

 通常、貧血症状を訴えて受診されますので、死にいたることはありません。


体内鉄の輸送  つぎに体内の鉄輸送を見てみましょう。

 鉄輸送の担い手はトランスフェリンというトラックです。

 赤血球を工場製品とみなすと骨髄は赤血球を生産する工場に相当します。骨髄では血清鉄を材料に赤血球を生産します。

 血清鉄は倉庫にあるフェリチンから運び出されたものです。

 貧血は赤血球製品が消費者に充分行き渡らない状態です。 消費者からは製品をもっと送ってくるように空のトラック(UIBC)を増やして走らせます。

 TIBCは、これらのトラックの総台数に相当します。

 鉄欠乏性貧血でTIBC(総鉄結合能)が上昇するのは、UIBC(不飽和鉄結合能)が上昇するからです。


原因は鉄代謝均衡の崩れ  鉄欠乏性貧血の原因は、その名前からくる印象で鉄分の摂取不良だけと考えがちですが、 鉄需要の増大、鉄排出の増大から、相対的に鉄不足に陥いることでも起こります。

 鉄摂取不良には偏食によるもののほか、消化器疾患からくる鉄分の吸収不良や甲状腺機能低下によるものがあります。

 鉄需要の増大には、成長期にある子供、妊娠があります。

とくに幼児期に多く子供の貧血というイメージがあるくらいです。

 鉄排出の増大には、月経、出血性疾患など出血による鉄分の損失。吸血性の鉤虫症などがあります。


小球性低色素性貧血を示すもの  さて、話を臨床に戻しましょう。

 小球性低色素性貧血を呈する疾患には、スライドに挙げたものがあります。

 いずれも鉄の代謝に関係するものばかりですが、サラセミアはヘモグロビンの合成障害による遺伝性疾患です。


血清鉄が低下するもの  その中で血清鉄が低下しないものを除外するとサラセミアと鉄芽球性貧血が消えます。

 サラセミアはヘモグビン合成障害が原因で、鉄を使い切れずに逆に上昇します。

 鉄芽球性貧血はヘムの合成障害で鉄の利用がうまくいかず鉄が余ります。 そのため余った鉄の分だけ血清中に溢れ出すというわけです。


TIBC(UIBC)が増加するもの  さらにUIBCが増加しないものを除外すると感染症、無トランスフェリン血症、腎性貧血が消えます。

 

フェリチンが低下するもの  さらにフェリチンが低下しないものを除外すると、癌・関節リウマチが消えますが、残りの5疾患は残ります。

 甲状腺機能低下症は、甲状腺機能検査を調べれば分かります。

 鉤虫症は、好酸球増多で区別できます。

 発作性夜間ヘモグロビン尿症は尿検査で、特発性肺ヘモジデローシスは胸部X線像で診断できます。

 サラセミア以外は、いずれも絶対的あるいは相対的な鉄不足が原因ですから、 広い意味で鉄欠乏性貧血といえるでしょう。そう考えてしまえば、サラセミアに注意すれば診断は難しくありません。


血液像の特徴  次に、血液像の特徴を述べておきましょう。

 白血球、血小板には問題がありませんので、当然、所見は正常です。

 赤血球像は、治療前では小球性で大小不同が見られ、中央の明るい部分が広い菲薄赤血球を中心に、 標的細胞や楕円赤血球も認めます。

 網状赤血球の増加は認められません。

 治療後は、一気に正常赤血球の生産が進みます。網状赤血球が増加し、 菲薄赤血球と正常赤血球のニ相性を呈して色素不同性という特徴ある所見を示してきます。


末梢血液像(1)  治療を開始した赤血球像です。

 菲薄赤血球の間に、正常な赤血球が分布してきます。色素不同性と言われる状態です。 よく見るとやや青みがかった網状赤血球が見られます。

 標的細胞や楕円赤血球はまだ目立っています。


末梢血液像(2)  正常赤血球の割合が増えてきました。標的細胞や楕円赤血球が少なくなってきているのが見てとれます。


末梢血液像(3)  さらに治療が進んみ、標的細胞は見られなくなっています。 若干小粒の赤血球を認めますがほぼ正常に戻った状態です。


骨髄像の特徴  さて、鉄欠乏性貧血と分かれば骨髄穿刺をすることはまずありませんが、 それでも貧血の精査と称して検査を行った場合、骨髄像はどのようになるのか、その特徴をまとめておきます。

 末梢血同様、骨髄球系と巨核球系は正常です。

 赤芽球系は、貧血が起こっているため、軽度ないし中等度の数の増加を認めます。 特徴的なのは細胞質の狭小化変化で、合成するヘモグロビン量が減少するため、 細胞質に乏しい成熟赤芽球を認めるようになります。

 鉄芽球の減少とマクロファージ内のヘモジデリン著減は、いずれも鉄が不足しているときに見られる所見です。


治療  治療は、鉄剤の経口投与になります。

 治療をはじめると1週間後位に網状赤血球の増多を認めるようになります。

 この期間は、骨髄内の幼若赤芽球が成熟して赤血球になるまでにかかる期間と一致します。 1〜2ヶ月で貧血は改善しますが、貯蔵鉄を確保するため3〜6ヶ月は投与を続けます。


まとめ  最後にまとめです。

 血球計算の結果、小球性低色素性の貧血ならば、まず鉄欠乏性貧血と考えていいでしょう。 とくに発育盛りの小児や、思春期に入った女性、妊婦に多く見られますから、これらの要件も参考になります。

 小球性低色素性貧血では、遺伝性の疾患であるサラセミアに注意する必要がありますが、 サラセミアでは使われない鉄が余った形で血清鉄が上昇しますからすぐに分かるはずです。 鉄不足による血清鉄の低下に先行して、貯蔵鉄のフェリチンも減少しています。 貧血を改善しようという生体の反応としてTIBC増加します。これはUIBCが増加した結果です。

 末梢血液像では、菲薄赤血球を中心に標的細胞や楕円赤血球なども認めることがあります。

 骨髄では、赤芽球系の増加を認め、形態的には細胞質の狭小化をおこした成熟赤芽球を認めます。

 治療は、鉄剤の投与を3〜6ヶ月続けますが、貧血は1〜2ヶ月で改善します。


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