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【講演】 障害とのつきあい方
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豊田章宏 中国労災病院リハビリ科 豊田章宏

1.脳卒中は今や日本の国民病
 現在、脳卒中は死亡原因および入院原因の第2位に位置し、寝たきり老人の原因の約4割を占め、全医療費の約1割が費やされています。 少子高齢化社会においては、介護の問題を含めて今後ますます大きな問題となるでしょう。
 特に「機能障害」を残した場合、患者さん御自身のみならず御家族の皆さんにおける御負担は相当なものとなるはずです。 しかし、実際問題として、機能障害には治るものと治らないものがあります。今回は、そのつきあい方について考えてみたいと思います。

2.もし、脳卒中になったら
 手が、足が動かない。言葉が出てこない。どうしよう。突然に襲ってくる絶望と焦り。恐らくそれが脳卒中になった方々の最初の感想かも知れません。
 現代医学は目ざましい進歩を遂げました。特に脳卒中の診断においてはMRIのような脳内の細かい部分までを写し出す機器をはじめ、 脳の血流や機能をも反映する診断法まで開発されています。しかしながら、その治療ということになると、 今のところ失われた脳機能を完全に修復する手段はないというのが実情です。そのために病態に見合った「機能障害」が残ってしまうわけです。
 その機能障害には、ざっと並べてみても、高次脳機能障害、言語機能障害、嚥下機能障害、運動機能障害、平衡機能障害、 感覚機能障害、視覚機能障害、聴覚機能障害、膀胱または直腸機能障害など様々なものがあります。 これらは全て脳のどの部分がどれだけ障害されたかで決まってきますから、一口に脳卒中といっても、 人によって実に様々な種類や程度の機能障害が起こるわけです。

3.障害の回復過程とは
 さて、突然に訪れた様々な不幸「障害」は、どういった経過をとるのでしょうか。一般に、最初の1ヶ月までは良く回復し、 3ヶ月まではゆっくり回復し、1年を過ぎるとあまり変化はみられないといわれています。 つまり、障害の回復は病院におけるリハビリテーション治療などによって、概ね1年以内で回復限界に達し、 それ以降は障害を持った上での生活の質の向上が重要な目標になるわけです。
 時にある病院に入院したら、発症から1年以上も経っているのに麻痺が治ったなどというお話しを聞くことがあります。 しかし、それは最初の3ヶ月以内に十分かつ適切なリハビリテーションが行われていなかったというケースが殆どです。 本来治るべきところまで遅ればせながら辿り着いたというのが本当だと思われます。
 このように正直申し上げて、障害には治るものと治らないものがあります。治るものに関しては、 患者さんにはとにかく頑張って頂きます。われわれも治るために厳しい訓練を要求致します。 しかし、治らないものに関してはどうでしょうか。頑張って治すという要求がかえってストレスとなり、 いつまでも障害を受容できずに悪循環にはまってしまうのではないでしょうか。逆に治らないところは後遺症として受容し、 御自分のできる範囲で生活の楽しみを広げる方向へ発想転換して頂くことはできないでしょうか。

4.障害とのつきあい方
 最初に申し上げましたように、恐らく障害を持ってしまった殆どの人はこう思われるでしょう。 「なりたくてなって訳じゃない。なんで私だけ。知り合いに会うのは恥ずかしい。」 そして、「障害がなければ何でもできる。」とか「いつか治る日が来るかもしれない。いやきっと来る。」 という不確実な期待を持ったり、改めて健康が大切だと気付いたりします。さらに不満が外に向けられると、 「誰か手伝ってくれればいいのに。」となり、最悪のケースでは「家族が、社会が、周囲が悪い。」 と周囲にやるせない怒りをぶつけかねません。
 こうした状況にならないためには、適切な障害の受容が必要となります。何度も申し上げますが、 障害の程度は十人十色で人それぞれです。それは脳の障害された場所と大きさによるのです。 そして、障害には、回復するものと、しないものがあります。つまり、無い物ねだりは、不幸を招く危険性が高いということです。 実際リハビリテーションの訓練においても、やる気がなければ治りませんが、時には開き直りも必要なのです。 (これが障害受容に通ずる)
 具体的には、まず最初の3ヶ月までが病院生活での真剣勝負となります。回復の期待できる病院でのリハビリテーションは、 まさにこの時期にあたります。しかし、過度の期待はマイナス因子です。その人によってどうしてもできない事もあるのです。 さて、一生懸命のリハビリテーションの結果、病院内ではある程度動けるようになったとします。 しかし、病院でできる事と自宅でできる事は違います。そういった環境の違いを考えて、 自分でできることはなるべく自分でやるようにしていきましょう。そういった意味では、病院は自動車学校に似ています。 仮免許が取れたら、路上に出ましょう。外泊や退院してからの通院治療への移行は、実は実地訓練であり、 一歩前進したことを意味します。いつまでも病院にいることは、何のメリットもありません。 リハビリテーションの目的は生活を取り戻すことです。リハビリテーションのために生活するのでは本末転倒です。 治らないものを治すことより、生活に慣れることを考え、見た目のカッコよりも実際にできる事を増やすことがもっとも大切なのです。
 もう一つ大切な事は、独りにならない事だと思います。一緒に話せる仲間が大切です。色んな集まりに積極的に参加しましょう。 そして、頑張っている自分に、たまには御褒美をあげて下さい。ゆっくりする日や、 少しぐらいお酒を飲む日があったっていいんじゃないでしょうか。大切な事は人生を楽しむ事であって、 リハビリテーションをするために生まれてきたわけではないと思うからです。
 最後に御家族の皆様には、是非介護を抱え込まないでと申し上げたいと思います。できることと、できないことを明確にして、 頼れるものは頼り、使えるものは何でも使っていくべきだと思います。人を頼らない日本人の奥ゆかしさは、 たしかに美徳ではありますが、福祉制度、福祉資源をうまく使って、少しでもゆとりのある介護をしていただきたいと思います。 そして、介護をしている方々にも時には息抜きできる御褒美が必要ではないでしょうか。
 本日は、勝手な私見ばかりを申し上げ、大変失礼いたしました。しかし、障害とのつきあい方については、 こういった考え方もあるんだという一つの参考にして頂ければ幸いです。最後まで御静聴ありがとうございました。
講演当時の役職です)

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