【講演】
家庭でできる運動療法 〜なんで運動しなくちゃいけないの?〜 |
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西山 健二 中国労災病院 リハビリテーション科 ●はじめに みなさん、こんにちは。 労災病院でリハビリをやっている西山と申します。 今日のテーマは、「家庭でできる運動療法」です。 一生懸命メモなんか取らなくて結構ですよ。テレビの「あるある・・・」みたいなものですから軽く聞き流して下さいね。 「なぜ運動しなくちゃいけないの?なぜ美味しいものを食べてのんびり生活してるだけではいけないの?」っていうことについてのお話です。 ●メタポリックシンドロームについて みなさんは「死の四重奏」とか「シンドローム]」とかいう言葉を聞いたことがありますか?最近では、これらをまとめて「メタポリックシンドローム」、日本語では「代謝異常症候群」というようになりました。 「メタポリックシンドローム」の基準は、(図1)の通りです。 ちなみに、内臓脂肪型肥満とは、男性ではウエスト85cm以上、女性では90cm以上の方が相当します。 高血圧とは、最高血圧/最低血圧が、それぞれ、130/85mmHg以上を、高中性脂肪血症とは中性脂肪が150以上を、低HDLコレステロール血症とは、善玉コレステロールが40未満をいいます。 すなわち、「メタポリックシンドローム」とは、内臓脂肪塑肥満を背景に、高血圧・糖尿病・高脂血症など動脈硬化を悪化させる因子が重なっている状態で、 それぞれの異常が軽くても、心筋梗塞や脳梗塞になる危険性が極めて高くなっているということです。この基準に該当する方は、食べ過ぎや運動不足などの不適切な生活習慣を見直さなければなりません。 ●動脈硬化について 動脈硬化の怖いところは、自覚症状なしに進行してゆくことなんですね。 まず、動脈の内側の膜にアテローマというチーズ状の固まりができ、しだいに厚くなり、血管を狭くしてゆきます。 さらに、高血糖や高血圧が続くと、アテローマに亀裂が入り、そこに血栓(血液の固まり)がくっついて、ついには血管が詰まります。(図2) これが心臓の血管に起こると「心筋梗塞」、脳の血管だと「脳梗塞」というわけです。 ●糖尿病について 次に、糖尿病も自覚症状なしに進行してゆきます。 まず、遺伝的に糖尿病になりやすい体質というものがあります。 食事をして血糖値が上がったとき、本来なら瞬間的にバッと出てくれるはずのインスリンがゆっくりとしか出てくれない体質です。 これに、過食・運動不足・ストレス・妊娠・加齢などの誘因が重なると、インスリンの需要が増えたり、分泌が減ったり、 効きが悪くなったりして高血糖の状態になります。さらに血糖が高いこと自体が「糖毒性」といって、さらにインスリンの作用を低下させ、ついには2型糖尿病が完成します。 残念ながら、日本人は、糖尿病になりやすい体質を持った方が多く、成人の10人に一人、40歳以上では5人に一人が糖尿病を発症します。 現在、糖尿病の方は740万人、予備軍が880万人といわれていますが、治療を受けているのは212万人に過ぎません。 大部分の方は放置しているわけで、これが問題なんです。(図3) 糖尿病を放置していると、「末梢神経障害」「白内障・網膜症・失明」「腎不全・透析」「脳卒中」「虫歯・歯槽膿漏」「心筋梗塞」「肺炎・膀胱炎」「消化不良・便秘」 「インポテンツ」「足の壊疽・切断」など、さまざまな合併症が出てきます。あとになるほど大変です。 また、検診では異常が出ないような「糖尿病予備軍」無症状に進行してゆくので安心はできません。(図4)「糖尿病ではないが、糖尿病の気(け)がある」と医師から言われたら、 血糖だけでなく、肥満・高脂血症・高血圧など個々の危険因子もコントロールしなければなりません。まさに「糖尿病は万病の元」なのです。 ●高血圧について 高血圧もまた無症状に進行します。 運動不足や乱れた食生活・飲酒・喫煙で悪化します。 運動療法、食事療法、薬物療法、禁煙で改善可能ですが、放置すると、「脳出血」「脳梗塞」「クモ膜下出血」などの脳血管障害や、「心肥大」「不整脈」「心不全」「狭心症」「心筋梗塞」などの心疾患、腎不全を発症します。 血圧は、130/80mmHg未満にコントロールすることができれば理想的です。 高血圧は動脈硬化を悪化させる最大の要因ですので、血圧を正常に保つことが最優先の治療です。 血糖のコントロールに比べると血圧のコントロールは比較的簡単ですので、血圧の高い方は、放置せず治療を受けましょう。 ●内臓脂肪型肥満について 一概に肥満といっても2つに分けられます。へその高さの断面をCT画像でみると、1つは、皮下脂肪は厚いが内臓脂肪は少ない、「皮下脂肪型(洋ナシ型)」、2つ目は、皮下脂肪は薄いが内臓脂肪が多い、「内臓脂肪型(リンゴ型)」です。(図5) 過剰な内臓脂肪は、インスリン抵抗性、高血圧、高脂血症、高コレステロール血症など様々な悪影響を及ぼします。見た目が痩せていても、おなかだけポッコリ出ている方は要注意ですね。 ●体脂肪を測りましょう 最近、体脂肪計付きの体重計や、両手で測れる体脂肪計が安価で出回るようになってきましたので、これらを使って体脂肪を測ってみましょう。男性25%以上、女性30%以上は肥満といえます。 (図6)で示したように運動によって筋肉量を維持している人は、一見太っていても、体脂肪率は多くないのです。 みなさん、太った人のことを「豚のようだ」とか悪口をいいますが、豚の体脂肪は14%しかないそうです。これからは、「豚のように痩せている」と褒めてあげましょう。 ●BMI(肥満指数)を測りましょう ところで、ご自分の標準体重ってどのくらいかわかりますか? BMIという指数を使って調べてみましょう。BMIの標準は22です。25以上は肥満と判断されます。(図7) 逆に、「身長×身長×22」で、標準体重を出すこともできます。自分の標準体重が何キロか知っておいてください。 ●脂肪細胞の害について 脂肪の悪口を言ってきましたが、脂肪細胞は余ったエネルギーの貯蔵庫として重要な働きを持っています。 しかしながら、脂肪を蓄えすぎた脂肪細胞は機能不全に陥ってしまい、サイトカインと呼ばれる様々な生理活性物質を分泌します。 それらがインスリンの効きを悪くしたり、動脈硬化を進行させたり、高血圧を招いたりといった悪さをするのが問題なのです。 というわけで、肥満のある方は、適度な食事と運動によって体脂肪を減らすだけで、血糖値が改善し、動脈硬化の危険性が減るなどのいい効果が現れます。 ●ダイエットの弊害について 体重を減らした方がいいからといっても、極端な食事制限によるダイエットをしてはいけません。運動を伴わないダイエットでは、体脂肪はほとんど減らず、筋肉が減ってしまいます。すると、次第に基礎代謝が低下し、 ますます痩せにくい身体となってしまうのです。減量の際には、運動もいっしょに行うよう心掛けて下さい。 ●心筋梗塞の危険度について 心筋梗塞の発症にも様々な危険因子が関係しています。 糖尿病・高血圧・喫煙・家族が心筋梗塞・低HDLコレステロール血症の5つの因子で考えた場合、何も因子を持っていない人の心筋梗塞発生率を1とした場合、 3つの因子が重なれば8倍、5つ全ての因子が重なれば実に32倍と、心筋梗塞発症の危険性が大幅に増えます。(図8) 心筋梗塞のように、即、命に関わるような危険性を少しでも減らすため、喫煙・高血圧など、コントロールできる因子については早めに対処しましょう。 ●運動療法の目的について さて、運動についてですが、何のために運動し、どんな効果があるのかを理解しておく必要があります。(図9) 運動の効果は、速効性ではなく弱いものですが、積み重ねることによってのみ、確実に出てきます。 また、運動は食事療法を守った上で行わなければ意味がありません。「運動した分、余分に食べちゃおう」というのはダメですよ。 ●どんな運動が向いているか 運動にもいろいろな種類がありますが、どんな運動が適しているでしょうか? 安全に、飽きずに、長く続けるためには、次のような点を考慮する必要があります。 (図10)に示したような、少し息が弾んで長い時間続けられる運動が適しています。 中でも、一番簡単で、お金もかからず、一人でできて、飽きにくいのはウォーキングです。 ●運動の強さは? 運動の強度ですが、どのくらいの強さで行えばいいんでしょうか? まず、「人と話ができる程度」です。ゼエゼエ息が切れるほどでは強過ぎます。 また、「少し汗ばむ程度」にしておきましょう。汗が流れるほど頑張ってはいけません。 一番大切なのは、「やや楽と感じる程度」ということです。どのような種類の運動でもそうですが、終わった後で、「このくらいなら一時間ぐらい続けられそうだな」と感じられる程度の軽さに留めておいた方がいいでしょう。 ●運動の時間は? 運動の継続時問はどのくらいが適しているでしょうか? 糖と脂肪を効率よく消費するには、少なくとも20分前後は続けましょう。できれば途中で休まない方がいいようです。 ●種目別のエネルギー消費 お茶碗一杯分のエネルギー約200kcalを運動に換算すると、散歩:60分、ウォーキング:40分、ジョギング:30分程度に相当します。このように、運動によって消費されるエネルギーは大変少ないのです。 ちなみに、脂肪1kgは約7200kcalのエネルギーを持っていますが、これを運動で消費しようとすると、、1日1時間の運動を1ケ月もの間続ける必要があります。 運動を一生懸命行う以前に、まず、食べ過ぎをいかに防ぐかということが大切です。また、減量するときは、月に0.5kgから1kgを限度としましょう。 ●万歩計を利用しましょう 一日の運動量を測るには「万歩計」が便利です。表示が大きく、ボタンを押したら数字が0に戻るだけの簡単な安価なものが適しています。 これを、朝起きたらすぐに腰に付けて一日を過ごし、夜寝る前に外して数字を確認します。これが、7000〜10000歩になっていれば、概ね良好ですが、 逆に、5000歩しかいっていなければ、「今日は少し歩き足りなかったかな」と、このような判断が自分で出来るわけです。 日常生活だけだと約3000歩で事足ります。もし、2kmほど歩けば3500歩相当となります。日常生活の3000歩に朝晩20分間のウオーキング分を加えると、それだけで10000歩となるので、運動としては十分です。 ●ウォーミングアップとクールダウンについて ウォーキングをするといっても、突然屋外に飛び出して早足で歩いたりすることは、心臓や筋肉や関節に大きな負担を掛けてしまいます。 また、急に運動を止めると、血中に遊離脂肪酸や乳酸が溜まり、不整脈・筋肉痛・高血圧・高血糖等の原因になります。 そこで、運動する際には、まず、軽い柔軟体操とかを行って身体を少しほぐしましょう。 歩くのも、最初はゆっくりと普通のスピードで歩き、2、3分経って身体が暖まったところで早足に切り替えます。 終わるときも、突然止めるのではなく、ゆっくりとした普通の歩行に戻し、脈が落ち着くまで2、3分歩きます。最後に再び軽い柔軟体操をして完了です。 ウオーキングの際にはこのようなウォーミングアップ(準備体操)とクールダウン(整理体操)を必ず行って下さい。 ●ウォーキングのコツ ウォーキングを行う際の一般的な注意点は(図11)の通りです。 しかし、こんなことを一々気にしていたら転んでしまいますよね。自分なりの歩き方でいいですから「ちょっとだけ早めに、スイスイ」歩きましょう。 ●夏と冬のウォーキングスタイル 運動は年中行いますから、夏の暑い時期とか、冬の寒い時期には、(図12)のような工夫が必要です。 靴下は汗をよく吸収するスポーツ用を、靴はスニーカーやウォーキングシューズを履きましょう。 なお、雨降りでも早足で歩くだけですから傘を差せば大丈夫です。 ●靴を選ぶときのチェックポイント 靴は、(図13)に示したようなスニーカーやウォーキングシューズを選びましょう。 購入する際には、運動用の靴下を履いてお店に行きましょう。両足に靴を履いて、紐をしっかり締めて歩いてみます。少しでも当たりがあれば、まず小さ過ぎです。 「これでは大き過ぎるな!」と感じたものよりワンサイズ小さいものが適しています。 ●運動するときの注意点 運動を実施する上での注意点は(図14)の通りです。 ●筋力強化も必要 さて、これまでウォーキング等の持久的な運動について話してきましたが、実はそれだけでは不十分です。足腰の筋力強化がとても大切なのです。 歳を取ってくると次第に筋力が衰えてきます。上半身と下半身を繋ぐ唯一の筋肉である大腰筋の太さをCT画像でみると、 70歳では30歳と比べて極端に細くなっていることがわかります。(図15) 大腰筋の筋力が低下すると、姿勢が悪くなったり、歩行スピードが落ちたり、歩幅が狭くなったり、つまずきやすくなったりすることが知られていますが、 これらは、高齢者であっても筋力トレーニングにより回復可能です。ところが、ウォーキング等の持久的なトレーニングだけやっていたのでは筋力は改善しないのです。 ●老化の悪循環 歳を取って運動不足となると足腰の筋力が落ちてきます。筋力が落ちると、次第にすり足となり、つまずいて転倒し、骨折することもあります。 骨折で入院し、手術などで運動不足が続くと、更に筋力低下が進行し、ますます転倒しやすくなります。これを繰り返していると、ついに寝たきりや死亡に至ってしまいます。(図16) このような老化の悪循環を断つためには、「椅子に座って交互に膝を伸ばす」「交互に膝を持ち上げる」 「椅子からゆっくり立ち上がり、背伸びし、また座る」「仰向けで腰を持ち上げる」などの簡単な筋力トレーニングをお勧めします。 ●継続は力 さて、運動の必要性・効果・注意点・方法についていろいろお話ししてきましたが、一回一回の運動の効果はごくわずかに過ぎません。 ところが、長年運動してきた人と、してこなかった人とを比べると、天と地ほどの差が生じます。 世の中には、80歳台のマラソンランナーやトライアスリートもおりますが、彼らがこのような高い身体能力を保っているのは、元々の能力が優れていたためではなく、長期問、運動を続けてきたからなのです。 運動を、歯磨きや入浴などと同じような生活習慣の一部にできた方は、生活習慣病を抑え、健康寿命を伸ばしてゆける可能性が高くなります。 ●おしまいに 前の講演で、10箇条、6箇条と出ましたので、私からも1箇条だけ。 「腹が減ったら狩りに行け!」 昔は、お店もガスも電気も水道も冷蔵庫も自動車も何もないわけですから、おなかがすいてもすぐに何かを食べられるわけではありません。 獲物を捕まえに行ったり、食べられる植物を探したり、薪を運んで火をおこしたり、水を汲んだりと、身体を目一杯使わなければなりませんでした。 本来、「おなかがすいた」というのは、「食べなさい!」という信号ではなく、「前に食べたものはちゃんと消化しましたよ、さあ身体を動かしましょう!」という信号だったのです。 皆さんも、お腹がすいたらお菓子とかをすぐに食べないで空腹感を味わいましょう。そして、身体を動かしてからおいしくご飯をいただきましょう。 今日はこれだけ憶えて帰ってくださいね。いいですか。 「腹が減ったら狩りに行け!」 ご静聴ありがとうございました。 |
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