山田 淳夫 国立病院機構呉医療センター 神経内科医長*
はじめまして、呉医療センター神経内科の山田と申します。本日はどうぞよろしくお願い申し上げます。
まず今日は、脳梗塞の治療薬にt-PAというクスリがあるということを知っていただくこと。それからt-PAというクスリを使うと今までのおクスリ以上に有効な治療、効果的な治療ができる可能性が高いこと。
しかしそのt-PAというクスリは使うのに時間の限りがあって、具体的にいうと発症して3時間以内にしか使えないこと。ですから病院にできるだけ早く来て欲しいということを皆さんにお伝えしたくて講演を引き受けました。
ぜひおうちにお帰りになられましたら、他の皆さんにも伝えていただきたいと思います。
では、これからお話することには3つございます。まず、ひとつめに脳梗塞がどんな病気かということ。
ふたつめにt-PAというのがどんなおクスリで、どんな効果が期待できるかということ。
3番目に実際呉市でt-PAを使っての治療がどういうふうに行われているか、またその効果についてお話したいと思います。
【脳梗塞】
まず、脳梗塞です。ご存知のように脳梗塞は脳卒中のうちのひとつです。脳卒中には、脳梗塞、脳内出血、それからくも膜下出血の3つがあります。
どれくらいの割合で起こっているかというと、脳梗塞が7割を占めております。脳内出血は約2割、くも膜下出血が約1割です。圧倒的に脳梗塞が多く発症しております。
脳梗塞といっても、どんな血管が障害を受けるかとか、どんな原因によっておこるかによって大きく3つに分かれます。ラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳梗塞です。
これらについて簡単にお話します。
まずラクナ梗塞です。脳を輪切りにした絵がありますが赤いのが脳に入っている血管だと思ってください。脳に入る血管には太い血管、これを主幹動脈といいます。
主幹動脈から枝分かれをして脳の奥深いところに入っていく穿通動脈という細い血管があります。ラクナ梗塞というのはその穿通動脈が詰まってしまうという脳梗塞です。
ですからできる脳梗塞の大きさ自体もそれほど大きくはありません。ただできる場所によっては小さい脳梗塞でも半身麻痺が起こったりすることもあります。
でも、概して有症度は軽いというのがラクナ梗塞です。その原因の大半は高血圧症を基にして起こっています。
2番目がアテローム血栓性脳梗塞です。これはラクナ梗塞と違って太い血管に病気が起こります。太い血管が詰まりますからその障害を受ける領域もある程度大きくなります。
原因としては、大半が生活習慣病を基にして起こります。現在、だんだん生活習慣病の方が増えてるということで、このアテローム血栓性の割合は増えております。
3番目が心原性脳塞栓症です。これも太い血管が詰まる病気です。この病気の人は元々は脳の血管には何にも異常がない人が多いです。
ところが心臓のあたりに血の塊ができる心房細動という病気を持っている人に非常に多く発症します。
心房細動があると心臓の中に血の塊が出来やすくて、それが心臓から離れて脳の血管の中に流れ込んで、太い血管の根元に詰まることが多いので、そうすると結構大きな脳梗塞を起こします。
この3つの中で一般的にはこの心原性脳梗塞が最重症です。アテローム血栓性が中間ぐらい。ラクナは軽いという感じです。
これは、それぞれの分類の脳梗塞が、どれくらいの割合ずつ発症しているかを示したものです。これは1999年から約1年間かけた全国調査の結果です。
主要な脳卒中の病院に入院された発症7日以内の患者さん16922人についてまとめたものです。青色で示したのがラクナ梗塞で全体の36.3%。緑色で示しているのがアテローム血栓性の脳梗塞で31.1%。オレンジ色で示しているのが心原性脳塞栓症で20.4%を占めております。
だいたいこれらで全体の9割弱を占めます。さきほど申しましたがラクナ梗塞は高血圧を基にして起こります。
最近は高血圧の治療がしっかりできるようになってきているということ、それから逆に生活習慣病とか心房細動の患者さんが増えてきているということで、こちらの割合が増えるにつれて比率としてはだんだん少なくなってます。
以前は、だいたい6割程度これが占めていると言われていましたけど、現在はだいぶ少なくなっています。
アテローム血栓性は生活習慣病が増えるに伴って徐々にその割合が増えております。心原性脳塞栓症は、心房細動が基になって起こることがほとんどなんですが、心房細動という病気は60歳のほとんどの人にはみられません。
ところが60歳を過ぎると徐々に増えて、80代、90代の人にはかなりの割合で心房細動が見られますから、高齢者の人でこの心原性脳塞栓症を起こして入院してこられる方、全体の中では2割程度ですけど、高齢者だけをとってみると40%から50%がこの心原性脳塞栓症で入院して来られます。
心原性脳塞栓症は極めて重篤になることが多く、ちょっと復活は不可能で、だいたい寝たきりってことになってしまう非常に困った病気です。
さて、どのタイプの脳梗塞にしても、血管が詰まってしまって脳梗塞を起こしてきます。脳の中で血流の変化がどのように起こっているかを模式的に描いてみました。
血管が詰まると、その血管から血液をもらってる一番中心部にあたるところはもう短時間のあいだに脳梗塞に陥ってしまいます。
その周辺には脳梗塞に陥らないけどかなり血流が落ちてしまってそのまま放っておいたら早晩脳梗塞になるという場所が存在します。外国の言葉でペナンブラと呼ばれます。
脳梗塞の治療というのは、このペナンブラと呼ばれているところを脳梗塞に陥らない、助ける、これが脳梗塞の治療ということになります。
それによって、現れてくる神経障害の程度も軽くするということになります。繰り返しになりますけど、脳梗塞は時間が経てば経つほど一般的には梗塞層が拡大していくということで、
血管閉塞を早期に解除して、ペナンブラという脳梗塞に陥る危険性の非常に高い領域を、脳梗塞に陥るということから守る、救うということが、本質的な治療につながることだと思います。
今までの治療法は、抗血小板薬、抗凝固薬、脳保護薬、抗脳浮腫薬等で治療はしていたんですけど、なかなか上のようなことを達成するのは困難な症例が多かったのが事実です。
ということで欧米では血栓溶解療法t-PAというものが10年以上前から認可されていたんですけど、日本ではなかなか認可されてなくて、その認可が待たれていたというのが最近までの脳梗塞の治療の現状でした。
それで今日の話題のt-PAというおクスリについてのお話をします。
【t-PA】
t-PAというのは何をするかといいますと、血栓を溶かすことができる治療で、このクスリを使って血栓を溶かして、脳梗塞が拡大しないように、最小限にとどまるようにする治療です。
t-PAを英語で書くと、tissue-type plasminogen activator、日本語で組織型プラスミノーゲン・アクチベーターといいます。
このクスリが何をしてくれるかといいいますと、血液の中にあるプラスミノーゲンという物質をプラスミンという物質に変えます。
このプラスミンには血栓を溶かす作用がありますので、プラスミンによって血栓を溶かします。それによって脳梗塞を治すということになります。
これをちょっと模式的に描いたんですが、t-PAが血液中のプラスミノーゲンをプラスミンに変換します。このプラスミンが血栓を作っている構成成分のフィブリンを溶かします。
それで血栓が溶けて、血流が再開通します。このt-PA静注療法(静注療法というのは静脈の中に注入するという治療法です。実はt-PA動注療法というのがあって動脈の中に注入するという治療法もあります。
今日はその話はいたしません。)ですが、1996年にアメリカにおいて発症3時間以内の超急性期の治療薬として認可されています。
これはその1年前に行われた臨床試験でこのクスリが有効であるという結果が出て認可されたものです。
それ以降、現在までに世界、欧米、そしてアジアでも採用している国がありまして、40数カ国で使われています。日本においても2005年10月にJ-ACTという国内での臨床試験を行って、
効果があるだろう、副作用もそれほどないということで使用の認可がおりました。この治療のポイントなんですけれど、すべてのタイプの脳梗塞に有効であるということ。
さきほど言いましたラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、それから心原性脳梗塞、どのタイプにも効くということです。
それからこれを規定どおりに使うと、40%近くの人はほとんど無症状の状態まで回復することができます。
ただしこのクスリで困る副作用があって、それは脳出血を起こすという副作用です。これが時に起こることがあります。これは気をつけないといけません。
それから何回も出てますけど投与は3時間以内という制約があって、それ以後に使うことは許されないということで、時間との戦いというのがこの治療法です。
どうして3時間以内でないといけないのかということなんですけど、その理由には大きく2つあって、ひとつには3時間を過ぎてこれを投与しても脳梗塞の治療効果が低い、あるいはほとんど期待できないというデータがあります。
それからもっと大きな理由かも知れませんけど、このクスリを3時間過ぎて使うと脳出血を起こす危険性が非常に高くなるということがあって、
使ったがためにさらに状態を悪化させてしまうということになりますので、3時間以内で使え…ということになっています。
アメリカでは1996年に認可されたんですが、その時このt-PAというおクスリをよく知ってもらうためのキャンペーンがはられました。そこで作られた言葉にひとつ「ブレインアタック(Brain Attack)」という言葉があります。
ハートアタック(Heart Attack)という言葉は心臓発作…心筋梗塞ですが…という言葉で以前からよく知られていたんですが、心臓発作を起こせば即座に病院へ運ぶというのは当たり前、誰でもそう考えるのですが、
脳梗塞、脳卒中もやはり心臓発作と同じ発作である、だからすぐに病院にいかないといけないということを皆さんに知らしめるということでこの言葉が作られました。
キャンペーンでよく使われた言葉の2番目に「タイムイズブレイン(Time is Brain)」という言葉があります。
訳すと「時は脳なり」…なんのことかなと思いますが、タイムイズマネー(Time is Money):時は金なりという言葉をもじって作られているわけです。
時は金なりは時間はお金ほど大事だと意味が分かるんですが、タイムイズブレインはどういう意味かなあと思っていろいろ調べてみると、こういうことらしくて、
タイムロスイズブレインロス(Time loss is Brain loss)、つまり時間を失うことは脳を失うことにつながる、
だから早く治療をしなさいということを皆さんに知らしめるための言葉として標語となっていました。
これはそのアメリカでt-PAのキャンペーンで作られたポスターです。ここにはストローク・イズ・アン・エマージェンシー(Storoke is an Emergency):脳卒中は緊急事態である。
アメリカでもそれまでは緊急事態であるという認識がなかったのかも知れません。この中には、コール911(Call 911)、日本では119ですけどもアメリカでは911で救急車を呼びますが、
すぐに911を呼んで病院に行きなさい…そういうことを示したポスターです。
t-PAは発症から3時間以内に投与されていないといけないということで、とにかく発症して病院に来るまでの時間を短縮するということが大事であります。
その短縮する上でいろんなポイントがあるんですが、それをアメリカでは7つのDということで表現しております。
ひとつめがディテクション(Detection):患者を発見する。脳梗塞、脳卒中であることを早期に疑うということですね。
次がディスパッチ(Dispatch):これは救急隊の方ですけどすぐに出動して、デリバリー(Delivery):早期に病院に運ぶ。
この時に、どこの病院に運ぶかということが大事で、t-PAを使えない病院に運んだのでは早く着いてもt-PAを使える病院に行ってくださいということになって時間のロスになりますので、
救急隊はその判断が大事になります。ドア(Door):病院に到着する。当然ここからは医療者の仕事で、早急に診察をし必要な検査をして、
それからデータ(Data)を集めて、最終的にどういう治療をするかを早く決定し、ディシション(Decision)ですね、使うのならドラッグ(Drugs)を早く使う。
この7つのDを早く行えというのが大事だということです。
一番最初のディテクション:発見のところですが、患者さんを見ても脳梗塞と疑わなければ話にならないわけです。
そこで脳梗塞を疑う時の5つのSというのが言われています。これもアメリカでキャンペーンとして一般市民に伝えられたものです。
Sというのはサドン(sudden)という突然という意味の英単語の頭文字です。脳梗塞を疑うのは、突然、顔の半分、片側のしびれとか身体が動かなくなったとき。
2番目、突然、意識がおかしくなったとき、言葉が出なくなったとき。3番目に、突然、片方、あるいは両方の目が見えにくくなったり、視野が狭くなったとき。
4番目が、突然のふらつき、力はあるのにバランスがとれず立てない、歩けない、手足がうまく動かないという症状が出るとき。
5番目が原因不明の突然の激しい頭痛。5番目は恐らくくも膜下出血を想定したものだと思います。4番目までは脳梗塞なり脳出血が対象の症状になります。
こういうものを見たときにはすぐ脳卒中を疑って、救急隊に連絡しなさいということです。
これは医療者が患者さんを見たときにどういう風に評価するかを書いたもので、世界共通で使われている神経症状の評価尺度で、NIHSSといいます。
これは点数化されていて全部で15の項目についてチェックをして、症状がなければ0点。一番重症度なものは42点という点数がつくような評価になってます。
t-PAというおクスリの良い適応というのはだいだい5点から22点ということで、このあたりの点数の人を対象に治療を行います。評価は上から順番に点数を付けていきます。
たとえば5番目のところは上肢…腕の動きがどうかを評価するところで、右・左で評価するのですけれど、一番軽いのは0点、まったく障害がない状態。
一番重いのは4点という評価になります。ですからたとえば右腕が全然動かない、それから右足が全然動かない人は、この二つだけで8点という評価になります。そんな感じで点数をつけて、臨床の重症度を評価しています。
t-PAというクスリを使うか使わないかを決めるときにも、いろんなことを確認していきます。ここに書いてあることはすべてYesでないとt-PA使用の対象になりません。
まず、発症時刻。いつ発症したのか時間の分からないものは対象の適応から外れます。発症から3時間以内に使うというのがこのクスリの原則ですので、発症時間の分かっていないものについては使えません。
発症時間が分かっていて病院に来て、だいたいいつ頃治療出来そうかで、いくら頑張っても3時間を越えてしまうものも治療対象から外れます。
それから症状が急速に改善してるような症状は一過性の虚血性発作であったりする可能性もありますので、ひとまずt-PA治療の対象から外します。
それから、極めて軽症なひと、軽い失調があったり、感覚障害、構音障害っていうようなこの程度のひとも、おそらくNIHSSスコアで点数を付けると5点未満になるような人で、
そういう人もt-PA治療の対象からはずれます。さて発症時刻ですが、これには決め方があります。まず、患者さん、あるいは発症時の目撃した人がいて何時何分だと言えば、
それはそのままそれが発症時刻になります。ところが朝、患者さんを見たら倒れてたという場合、たとえば朝9時に見に行って倒れているのを発見したという場合、
その9時は発症時刻にはなりません。振り返って、そう言えば昨日夜11時に寝る頃には元気だったねというのが分かっていて、それ以後に元気だったことが分からない場合には、
その午後11時がそのひとの発症時刻とみなします。
次はt-PAが使えるかどうかのチェック項目がたくさん書いてあるスライドで見にくいと思いますが、一番上が発症時刻とか、軽症ではないとか、そういうことが書いてあります。
ちょっと下には禁忌という項目があります。これには、たとえば最近3ヶ月以内に脳梗塞をやってるひとは適応から外れるとか、外科的な治療を受けてるとか、
現在出血しているような病気があるとか、そういう出血性のものは、このクスリを使うとさらに悪化する可能性があるので禁忌、適応から完全に外れます。
中段あたりには慎重投与というのがあります。これにもいくつか項目があって、たとえば年齢で75歳以上のひとは慎重に投与しなさいということが書いてあります。
実際問題、75歳以上のひとに慎重になって投与しないとなると、うちの病院でも使えるひとは3時間以内に来た人でも3分の1以下ぐらいになってしまうので、
うちの病院では年齢のことはあまり考慮していません。症状を起こすまでにADL(日常生活動作)のレベルが結構いいひとは75歳以上であっても使うようにしています。
それから、検査項目で禁忌となっているものに、血糖値があります。血糖値が50(mg/dl)以下あるいは400(mg/dl)以上のひと。血小板の数が10万(/μL)以下のひと。
いくつか血液データで外れる方もおられます。
これは病院に着いてからのタイムスケジュールで、だいたい2時間以内に来られたら、最初の10分間で診察をして神経学的な所見NIHSSを取り、血液検査とかをし、
ルートの確保をし、それからCTを撮ります。次の35分以内にCTの読影をし、全体的なチェックを入れて、使えるかどうかを決めます。
それで、使えるとなると、本人、あるいはご家族に治療についての説明をして、同意が得られればクスリを投与します。
スライドのアルテプラーゼというのはt-PAのことです。以上のような流れでやります。
【t-PA治療の実際】
では、呉でやっているt-PA治療の実際をお話します。呉でt-PA治療の出来る病院は3つだけです。
約10日前までのデータでは、呉共済病院では5例使われてて、中国労災病院で4例、我々の病院(呉医療センター)では18例使っています。全部で27例です。
今日はうちの病院(呉医療センター)で使った症例のお話をいたします。使った症例2例ほど提示してみます。
症例1は90歳、男性です。もともと健康です。夕食を食べたあと19時30分。内服薬を飲もうと椅子から立ち上がったところ、倒れこむようにして転倒しました。
「わからんようになった」の一言を最後に呼びかけに答えなくなりました。目撃した奥さんがかかりつけ医を往診に呼ばれました。20時35分に救急隊を要請。21時9分、当院に到着。
この時が発症してから1時間39分後でした。この人は高血圧で治療中、糖尿病や高コレステロール血症はない、心肥大といわれたことがあるが不整脈はないということです。
身体的な所見としては、右の手足の麻痺、NIHSSスコアで評価すると11点。頭のCTには脳出血はありません。
脳出血があるとt-PA治療の対象とはならないんですが、出血はないので脳梗塞だろうと。それから普通はやらないんですけれど、時間的にゆとりがあったのでMRIも撮りました。
そうするとMRI上は左の大脳に新しい脳梗塞が見られました。不整脈はないということでしたが、心電図をとると心房細動という不整脈が見つかりました。
ということで、この人は心原性脳塞栓症と診断されています。22時20分、t-PA投与を開始しました。発症から2時間50分。もうぎりぎりです。
結構こういう人が多いですね。この人は投与24時間後のNIHSSスコア0点で、ほとんど無症状まで回復しました。24時間で…というのは劇的な改善です。でもときどきこんな人はおられます。
この方の画像で、CT画像では異常は分からなかった。もちろん出血はないし、脳梗塞がどこにあるかも分かりません。MRIでは白い影があって、ここに脳梗塞があるのは間違いないということは分かります。
ただ、ここの場所が良かったのか、ほとんど症状を出さないような場所だけであるということで、最終的に神経症状の脱落はなく回復したのだと思います。
症例2は、86歳、女性です。22時30分には普通どおりであることが確認されています。23時過ぎに家族が自室で右を下にして倒れているところを発見。
23時9分救急隊を要請。23時27分当院に到着しました。発症から57分、非常に早い時間に到着されました。
この方は糖尿病、高血圧、高脂血症、心房細動、心臓弁膜症、慢性心不全、多くの病気で通院加療中の人でした。
で、この人の発症時間なんですけど、見つけたのは23時なのですが、元気であることを最後に確認されたのが22時30分でしたので、発症時間は22時30分とみなします。
この時間をもとに到着時間とか、梗塞の発症から何分後とかを決めていきます。この人の身体所見は、血圧は高めで、脈拍は不整。自発開眼はあるが発語がなくて、従命も不能。応じない。
右同名半盲。右の顔面麻痺、右の手足の麻痺もあります。NIHSSスコアは28点。
普通5点から22点までが治療対象ということで、23点を越えて重症ですしどうしようかと悩みましたが、ご家族にぜひやって欲しいと言われましたので、t-PAを投与しました。
CT上は梗塞(黒く映っているところ)はありますが出血はないし新しい異常はありませんでした。心原性脳塞栓症と診断してt-PA投与を開始。これが発症後2時間28分でした。
この人は、発症36時間以内にCT上に脳出血を起こしました。白く映っているところが出血しているところです。
症状も意識が軽度悪化しました。この症状の悪化は経過観察して改善していきました。それ以後の経過ですけども、脳出血は消失、意識・神経症状も改善して3ヵ月後に退院しました。
その時点でのNIHSSスコアは13点。発症時が28点でしたから、改善度としては、著明な改善といえます。
2006年4月1日から今年7月31日までの当院に入院した脳梗塞患者は245例あります。245例中t-PAを使えたのは18例で全体の7%です。
227例(93%)は使うことが出来ませんでした。t-PAを使った18例の年齢分布を見ますと、75歳以上が11例(61%)、75歳未満は7例(39%)でした。
t-PAの適応ということを考えると、75歳以上を外すと7例しか使うことができなかった、ということになりますが、全体で18例使いました。
この18例のもとになる病型をみてみますと心原性脳塞栓症が多く、かなり重篤になる病気ですが56%。アテローム血栓性が3分の1ぐらい、ラクナは1割でした。
18例以外にも早期に到着された方がいらっしゃいます。全体で61人の方がだいたい2時間ぐらいで来られてて、
時間だけみれば治療の対象になる方です。ただ、そのうちの43例はいろんなひっかかる問題があって使うことが出来ていません。その両群の治療効果についてお示しします。
これはt-PAを使った18例の治療の経過です。左側に入院時のNIHSSを示していて、大体7、8点から20点未満ですね。1例だけ28点があります。
さきほどの2番目の症例の方です。右側が退院された時のNIHSSです。大半は右下がりに降りていってるのが分かるかと思います。
ただ残念なことにブルーの1例は、入院してt-PA投与を開始した短時間の間に再発をされてしまって、別の場所に新しい脳梗塞を起こしてしまって、ぐっと悪くなられて最終的には亡くなられました。
64歳。あと2例亡くなっておられるのですが、ともに90歳代の方で、24時間後の成績は横ばい、あるいは、ちょっと良くなるか悪くなるかぐらいだったのですが、経過中に肺炎を併発されまして、肺炎がもとで亡くなってしまいました。
この3例を除くとだいたい右下に下がっております。
こちらは2時間前後に来られていてt-PAを使おうと思ったら諸要件が足らなくて使えなかった43例です。
とくに背景色を付けている領域というのはt-PAを使うのにいい重症度の方で、こういう人たちは16人おられました。
背景色のない上の領域の人たちは重症であるので、もとから対象から外れました。0から5点の間の人たちは軽症であるということで治療の対象から外れています。
背景色のt-PA治療対象になる重症度の人たちをみると、上向きが多くてですね、下向きの人も何人かはおられますけど、流れとしてはあまりいい治療経過ではなさそうというふうに見えます。
この16人とt-PAを使った18人について、退院時の身体状況について違う評価方法で評価した結果を示します。
その評価方法はmodified Ranking Scaleと言って、これも世界共通につくられている評価方法で、mRSと略します。
これはグレード0からグレード6まであって、0、1は軽症、2、3は中等症、4、5は重症、6は死亡です。たとえば0は全然症状がない。
1は症状はあるがとくに問題になるような症状はない。通常の日常生活ができる。といった感じで症状が重くなっていきます。
上がt-PAを使った18人、下はt-PAが使える時間に来たけど使えなかった16人です。
一番下に紫色で0。赤が1。というふうに色分けで示しています。見て頂くと分かりますが、t-PAを使った患者さんでは紫が35%あります。
ところがt-PAを使わなかった方には、これがまったくない。軽症でみるとt-PAを使った4割は日常生活に問題はない、t-PAを使わなかった人は2割は問題なく日常生活に戻っていますが、
この差は明らかです。やはりt-PAを使うとかなりよくなることが分かります。
それから副作用についてなんですが、ここで問題にするのは症候性脳出血です。脳出血を起こし、かつ、それのために神経症状が悪化したという症例についてまとめています。
NINDS・・・アメリカでt-PAが使えるかどうかの研究をした1995年のデータです。全部で312人に使われて20人に症候性脳出血が起こりました。
J-ACTといって、2004年に日本でt-PAを使うための研究をやったのですが、103例中6例でそういうことが起こったということです。
当院では18例中1例・・・これはさきほどの症例2の患者さんです。だいたい6%前後の危険性はある。16、7人に一人は脳出血を起こす危険性はあるけど、どちらかというと稀な症状であると考えられます。
このことをもってこの治療をやるのは相応しくないという結論にはならないと思います。
ただし、この出血の話ですが、t-PAを3時間以後に投与すると話が違って、この数字はぐっと増えます。
ですからt-PAは3時間以内に使わないといけないという治療薬です。
最後にまとめますと、t-PAは諸刃の剣。これは効果があり、副作用があるという意味です。
ただ75歳が慎重投与となっているのですが、使って効果がある人が多いので病前のADL(日常生活動作)とかを考慮して使える症例では使ったらいいだろうとは思います。
mRSがもし0、1にならなかったにしても、このクスリによって症状がいくらかでも改善すれば、その後のリハビリも非常に有利に進みますので、
一般的に治療は有効であると、しかし出血の可能性があるのはしかたないけど認識しておくところはあります。それから突然の脱力、しゃべりにくさ、めまいとか、という症状があれば、
とくに夜中に起こったときは、朝まで待とうじゃなくて病院へすぐに来ていただきたい。発症2時間以内ということです。
これはお配りしているものにもあるようですけど、ストップ! No卒中、素早い受診が早める復帰ということで、この素早いというのが非常に大事なことです。
最後に18例のt-PAを使った経験をしたんですが、一緒に診療してくれた医師の名前を出しました。
今日はお話しませんでしたが、t-PA治療というのは患者さんが決断するのも大変かも知れませんが、いったんこれを使い出すとですね、
投与してまるまる24時間はほとんどつきっきりで患者さんを看ないといけません。最初の1時間は15分おきに診察をします。次に6時間目までは30分おきに診察をします。
6時間から24時間までは1時間おきに診察をしないといけないという取り決めがありますので、到底一人ではやっていけないし、数人いても一人の患者さんを治療してまる1日経つとクタクタになるくらいの治療法です。
こういう人たちの協力があって、治療することができたのでここに記して感謝の気持ちを表したいと思います。
以上で講演を終わります。ご清聴ありがとうございました。
(*講演当時の役職です)
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