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第1章「脳卒中に関する最近の話題」
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豊田章宏:
(写真)豊田一則さん
豊田一則さん
国立循環器病センター
脳血管内科医長
 それでは、そろそろ第1部を始めましょう。大阪の国立循環器病センターというところは、われわれの業界では、檀家さんで言う本願寺みたいなもので、脳卒中のいわば総本山にあたります。今日はそこからゲストをお招きして、脳卒中のありがたいお話をしていただきます。 国立循環器病センター内科医長の豊田一則先生です。どうぞ大きな拍手でお迎えください。
 先生は「とよだ」先生です。私は「とよた」と、点が二つ付く分だけ頭がいいんです。今日は遠路大阪からおいでいただきありがとうございます。
豊田一則:  豊田です。よろしくお願いいたします。
豊田章宏:  先生、今日は本当に楽しみにしておりました。どうぞお座りになってください。じっくり対談形式でお話をいただきながら、また会場の皆さまが持っている疑問も私のほうからぶつけながら進めていきたいと思いますので、どうかよろしくお願い致します。

豊田一則:  では掛けさせていただきます。早速始めさせていただきますけれども、脳卒中のお話をしようと思うと、話さなくてはいけないことがたくさんあります。 しかし、時間に限りもありますので、そのなかで特に、どんな症状が体に出たら脳卒中と考えるべきなのだろうとか、 脳卒中を疑う症状が出たときにどうすればいいのだろうということを中心にお話ししようと思います。よろしくお願いいたします。

 まず最初にリラックスをしていただくためのクイズです。世の中にはいろいろな病気がありますけれども、そのなかで最大の病気というか、一番多くの方がお亡くなりになってしまう病気はなんでしょう。先生は分かりますか。
豊田章宏:  難しいですね。
豊田一則:  そうですよね。世界レベルで考えてください。
豊田章宏:  世界レベルだと老衰ですかね?
豊田一則:  老衰はそうですね。それはちょっと答えの中になかったんですけど・・・
 日本でも一番多いのは癌だと言われていますから、やはり癌だろうと思われる方も多いと思います。あと世界レベルというか、日本でも今はインフルエンザが問題になっていますけれども、やはり世界レベルだと感染症というのが多いのではないかと思われると思います。
豊田章宏:  なるほど。
豊田一則:  WHO、世界保健機構が調べて2002年に発表したデータでは、今、私が言った感染症や癌を飛び越して、アテローム血栓症という病気が一番多いと報告しているんですね。 アテローム血栓症と言っても、そんなのは聞いたことがないと言う人がたくさんいらっしゃると思うのですが、アテロームというのは要するに動脈硬化ですね。 動脈硬化の塊みたいなものを僕たちはアテロームと言います。アテローム血栓症とは、血管の動脈硬化の病気をまとめてこういうふうに呼ぶんですね。
豊田章宏:  では、頭だけに限らず、全身のということですね。
豊田一則:  そうですね。脳卒中とか心臓の病気とか、あるいは大動脈瘤とか足の血管とかいろいろあるのですが、一番、主なのは頭、脳卒中と心臓病を含めた値だと思います。 一緒にすれば数が多くなると思われるでしょうけれども、そもそも癌にしても、体中の胃腸の癌とか肺癌とか子宮癌などを全部合わせて一つの癌ですから、それと同じような見方をすれば、体中の血管の動脈硬化の病気が圧倒的に多い病気だということが分かります。

スライド・「脳卒中は血管が詰まったり破れたりして起こる病気です」(クリックすると拡大表示します)
「脳卒中は血管が詰まったり
破れたりして起こる病気です」
(クリックすると拡大表示します)
 そのなかで特に脳卒中というのが日本ではすごく多いと言われています。例えばアメリカでは脳卒中よりも心臓の病気のほうが多いと言われているのですが、日本では心筋梗塞よりも脳卒中のほうがすごく多いんですね。日本人は脳卒中になりやすい。
 脳卒中というのはよく聞く言葉ですけれども、詳しく説明をするとしたらどう言えばいいかというと、これもまた難しいですよね。「脳卒中って何ですか」と聞かれたら、一応答えを用意して来ました。 「脳の血管が詰まったり、あるいは破れたりして起こる病気です」と言えば、正しい答えにはなりますね。もうちょっと詳しく言えば、「脳の血管が詰まったり破れたりして、そこから先に十分に血が行かなくなったり、 脳みそが血液で押されたりして脳の機能が損なわれる病気です」と言ったら、もう百点満点だろうと思います。脳の血管が詰まるのが脳梗塞、破れるのが脳の出血です。

 今、詰まる病気と破れる病気があると言いましたが、詰まる病気の代表は脳梗塞で、破れるほうの病気には脳出血やクモ膜下出血があります。 どれもよく聞く言葉ですけれども、では実際、日本ではどれぐらいの割合かと言うと、脳卒中の7割の方は脳梗塞で、15%の方が脳出血、5%〜6%ぐらいがクモ膜下出血で、 あともう一つ、脳梗塞になりかけたけれどもならずにすんだという一過性脳虚血発作というのも6%ぐらいございます。

スライド・「脳梗塞は血管が詰まって起こります」(クリックすると拡大表示します)
「脳梗塞は血管が詰まって起こります」
(クリックすると拡大表示します)
 「脳梗塞は脳の血管が詰まって起こる病気です」と申しましたけれども、実際に写真を見てみますと、これは右側の頸動脈、ここの血管が脳に入っていった後の血管造影という検査で見た頭の血管なんですね。 当たり前だとこういうふうに映るのですが、この方はここから先の血管が詰まってしまって、そうしますと、ここから先の脳に十分な栄養が行きませんから、この白い場所が脳梗塞になってしまっています。
 脳梗塞というのは、病院で医者の説明を聞いていると、もう少し細かく分けて説明されるときがあります。だいたい3つに分けるのですが、「ラクナ梗塞」という言葉を聞いたら、それは割と小さな梗塞。 脳の血管の本流ではなくて、そこから枝分かれした小さな血管に動脈硬化が起こって起こるのがラクナ梗塞。そして、本流の大きな血管自体に動脈硬化が起こるのを、先ほどもアテロームという言葉が出ましたけれども、アテローム血栓性梗塞と言います。
 それともう一つ、脳の血管はもともと傷んでいても傷んでいなくてもいいのですが、そうではなくて、その上流というか、主に心臓にできた血の塊がポンと心臓からはがれて飛んで、 脳の血管にたどりついて、そこをふさぐのを心原性脳塞栓症と言います。
 ラクナ梗塞は小さい血管の脳梗塞ですから梗塞も小さいです。梗塞が小さいから症状が必ずしも軽いかというと、そうではないときもあるのですが、梗塞としては小さい。 アテローム血栓症は大きな血管が動脈硬化を起こすので、ラクナ梗塞よりも広い範囲に梗塞が出ます。 心原性脳塞栓症は、それまできれいに開いていた血管が、突然ある瞬間にポンと詰まってしまうので、これが一番たちが悪いというか、それまで当たり前に流れていた流れが突然、ポンと止まりますから、一番広い範囲に脳梗塞が出ると言われています。

 それと、先ほど脳梗塞になりかけたけど、ならずにすむ病気があると言いましたが、それは一過性脳虚血発作です。医者はよくTIAと説明するのですが、そういう脳梗塞の症状が出始めたけれども、数分ぐらいで治まってしまうタイプ。 しかし、ああ、脳梗塞にならずにすんだね、よかったねで終わらせるといけなくて、そのタイプの人は、放っておくと2割から3割は数年以内に本物の脳梗塞を起こす。そういうタイプの脳梗塞の前触れ症状もあります。
豊田章宏:  この前触れ症状というのは、具体的にどんなものでしょうか。
豊田一則:  後から、もう一度スライドで一つ一つお話ししますが、一番多いのは手足の麻痺ですね。 運動麻痺。それからもう一つよく言われるのは、急におしゃべりがしづらくなったというのも多いですね。また症状は後からまとめて説明しましょうね。
 それから出血性の病気も、脳出血あるいは脳内出血とも言いますけれども、それとクモ膜下出血という言葉もあります。どちらもよく聞く言葉だと思います。 医者でさえ、頭を専門にしていない場合は脳出血とクモ膜下出血の違いが分かっていないお医者さんが多いと思います。 どう違うかというと、先ほども脳梗塞のところで大きい血管と小さい血管の話をしましたが、脳の大きい血管から枝分かれした小さい血管が破れると、脳出血というのが起こります。 脳の大きな血管自体が破れると、クモ膜下出血を起こします。

 脳の中の小さい血管というのは脳みその中に根っこのように張り巡らされていますから、こういう小さい血管が破れると脳の中から出血が起こるんですね。 クモ膜下出血、そもそもクモ膜とはどんな膜かというと、脳を覆っている薄い膜です。脳の大きい血管というのは、あまり脳みその中にどんどん入り込んではいかなくて、脳の表面をずっと通っている血管なんですね。
 そういった血管にこぶ、動脈瘤ができて、そこがパーンと破れて出血すると、この出血は脳の中に入るのではなくて、脳の表面をずっと覆うように、脳みそとクモ膜の間を埋め尽くすように出血していきます。 ここにヒトデみたいな出血が、この白いのが映っていますけれども、これは脳の中ではないかと思われるでしょうが、脳がいくつかのパートに分かれているすき間を埋めるように出血をしていますね。こういった出血もあります。

スライド・「脳卒中の5大症状」(クリックすると拡大表示します)
「脳卒中の5大症状」
(クリックすると拡大表示します)
 先ほど豊田章宏先生が言われた一過性脳虚血発作とか脳梗塞、脳出血。それは言葉としては分かるけれども、どんな症状が起こったら、そういう病気を疑うかというのは大事ですよね。 これを知らないと、自分の身に脳卒中が起こったときに、今、脳卒中が起こりつつあるんだということが分からないですからね。
 日本脳卒中協会という脳卒中の患者さんや家族のための協会があるんですが、そこが毎年いろいろなポスターを作って、脳卒中はどんな症状が起こるのかというのを繰り返し説明しています。
 これは今年作ったポスターですけれども、ここに脳卒中の典型的な症状を5つ書いています。これは小さいので大きくしました。お手元の資料にもあるのかもしれませんが、脳卒中の5つの典型的な症状として、 「片方の手足・顔半分の麻痺・しびれが起こる」と書いています。要するに運動麻痺ですね。それから「ロレツが回らない、言葉が出ない、他人の言うことが理解できない」という言葉に関する症状が出ます。
 あと最初のと似ているのですが、最初は力が抜けるのですが、3番目は力は抜けないけど立てない、歩けない、フラフラするというバランスの障害が載っています。 4番目は、目で見ることに関する症状で、片方の目が見えないとか物が2つに見える、視野の半分が欠ける。そして最後に頭痛ですね。頭痛はしょっちゅう起こる人もいらっしゃると思いますが、普通のレベルの頭痛というよりも、 今まで経験したことがないような激しい頭痛が起こったり。こういう5つの症状が出たときは脳卒中を疑うといいですよということを、よく言っていますね。
豊田章宏:  会場の皆さんにお渡しした資料の中に入っている小さな紙にこれと同じ症状が書いてあります。「脳卒中を疑われたらすぐに」と救急車の絵が描いてある紙です。 同じように症状が書いてありますので、また後でゆっくり見てください。
豊田一則:  これも、もうちょっと詳しく聞かないと分からないと思いましたので、またスライドを用意しました。

 実際に平成11年の1年間、全国で脳卒中、脳梗塞を起こした人のカルテをずっと調べて、1万7,000例の患者さんですけれども、脳卒中や脳梗塞が起こった瞬間にどういう症状が出たかというのを調査しています。
 その結果を見ると、先ほどの5つの症状の最初に出てきました運動の麻痺を7割の方が経験されています。 言葉がおかしくなったというのが約5割、歩けないとか、こういう症状を3分の1ぐらいの人が経験しています。 あと、先ほどの5大症状には載っていませんけれども、意識がおかしいというのが4人に1人ぐらいは起こっています。 意識がおかしいというのは、ちょっと本人は分からなくなってしまって、周りの人がそれに気付いて救急車を呼んだりしなければいけないですが、こういった症状が出ています。
 こうやって聞いてみると、脳卒中はいろんな症状が出るんですね。例えば、脳卒中とよく対比される心臓の心筋梗塞はどんな症状が出るかと考えたら、痛みなんですね。 右胸が痛いとか、左胸が痛いとか、肩が痛いとか、痛む場所にちょっと差があるにしても症状は「痛み」です。 ですから心筋梗塞の説明をするときは、すごく簡単です。胸のあたりが痛かったら心筋梗塞だと思いなさいですむのですが、脳卒中はいろいろなことを覚えておかなければならない。

スライド・「脳は場所によって役割が異なる」(クリックすると拡大表示します)
「脳は場所によって役割が異なる」
(クリックすると拡大表示します)
 なぜ、そんな症状がたくさん出るかというと、それは脳というのがマルチタレントというか、いろいろなことをする場所だからですね。
 簡単な脳の地図を用意しました。例えば、運動麻痺が一番多い症状ですと言いましたが、脳みその中で運動に関係がある場所というのは、ちょうどおでこと後ろ頭の真ん中ぐらいの場所が脳の運動をつかさどる部分ですね。 それから、そのちょっと後ろには感覚、しびれとかを感じる場所があります。あと、ほかにもいろんな場所にいろんな機能があります。 そして、脳梗塞と言っても脳全体がやられるわけではないですから、一部の場所が障害されますので、どの場所が障害されたかによって出てくる症状もさまざまなんですね。

 一番多いのは運動麻痺だと言いましたけども、そのなかでも先ほどの標語にありましたように、片方の手足の障害というのが多いです。 両手両足が急にダラーンとなってしまいましたというのは、すごく深刻でしょうけれども、脳卒中ではないことが多いですね。 お酒の飲み過ぎとか、いろいろなほかの原因であることが多いです。
 ただ、きれいに片側に右なら右だけの人、右の顔が少しゆがんで右手が使いにくく、右足も使いにくい。 こういうふうに半分側にだけ出るときは、脳卒中の可能性がすごく高いです。先ほど言ったように7割ぐらいになっています。

 なぜ片方に起こりやすいかというと、これは先ほど出した脳みその地図ですが、そのなかで、運動をつかさどる場所はこのへんですと言いました。 もう一つ、先ほど言わなかった情報があって、右の脳みそのこのあたりが左の体を支配していますね。左の脳みそのこのあたりが右の体を支配しています。 ですから、例えば左の脳みそに脳梗塞や脳出血を起こすと、右側の体に症状が出ます。脳卒中や脳出血は、もちろん重症の方で大きな人もいますけれども、 普通は両側にまたがって出ることは少ないから、片方にだけ脳卒中が起こりますから、脳卒中が起こったのと反対側の体に症状が出ます。

 必ず顔と手と足に全部出るのかと言えば、そうではなくて、それは脳梗塞や脳出血のサイズが大きければ全部に出るし、小さければ一部に出ます。 一部ということは、手と足にだけ出るとか、顔と手だけに出るということはありますが、手を飛ばして顔と足だけに出るというのはちょっと考えにくいですし、 右手と左足に出ますかと言われたら、それもちょっと考えにくいですけれども、こういう右手右足とか、右の顔と右手とか、そういう場所に麻痺が出ることはよくあります。
 ですから例えば、急に左の顔がゆがんで、よだれが垂れ始めて、左手も使いにくくなりましたとかいうときは、その症状が軽くても脳卒中である可能性がすごく高いんですね。 逆に、先ほど言ったように両手両足が急にダラーンとなったりしたときは、何か原因はあるんでしょうけど脳卒中ではないことが多いです。

(写真)豊田一則さん
豊田一則さん
 あと脳梗塞や脳出血がもっと小さければ、顔だけとか手だけとか足だけに症状が出ることがあります。急に右手が使いにくくてダラーンとなったというときも脳卒中の可能性がありますけれども、 ただ、だんだん脳卒中ではない可能性も高くなってきていますね。例えば、すごく右の肩こりが強い人がちょっと右手が動かしにくいというときは、脳卒中ではなくて整形外科の異常ではないかとか考えます。
 そういった整形外科の病気と脳卒中を見極める、見分けるにはどうすればいいかというと、これは絶対とは言いませんが、脳梗塞や脳出血でこういう麻痺が出るときは、最初は痛みを伴わないんですね。 もちろん麻痺が長く続くと痛んできますが、起こり始めは痛いとは思いませんから、それは肩こりとか腰の病気での麻痺とは明らかに違うところだと思います。

 それから、運動麻痺の話を長くしましたが、その次に多い5割ぐらいの人が経験をされているのは言葉の障害です。 言葉の障害もちょっと難しいので簡単に言いますが、先ほど言った運動麻痺が顔に出て、あるいは舌や喉に出て話せないという場合と、もう一つ、そういった運動麻痺ではないけど、 そもそも相手が何を言っているのかよく分からないとか、相手が言っていることはよく分かるんだけど、それに何て返したらいいか分からないという、コミュニケーション自体が取れなくなるというときもあります。

 ちょっと難しいですが言いますと、言葉というのもインプットとアウトプットがあって、他人が言っていることが理解できないタイプと、他人が言っていることはよく分かるんだけど、 それに対して自分から何て返したらいいかが言えないタイプがあるんですね。 こういうコミュニケーションの障害を「失語」という言葉で表すのですが、こういった場合や、先ほど言った運動麻痺の一連の症状として言葉のロレツが回りにくくなるような症状が出ます。

 もう一つ大事なことは、言葉の司令塔というのは脳の右にも左にもあるわけではなくて、たまに脳の右側にある人もいるんですが、 だいたい9割8分か9割9分ぐらいの方は脳の左側にあります。ですから、左の脳の言葉の司令塔を含んだ場所が障害されると、急に言葉のコミュニケーションが取れなくなって、 左の脳ですから右の手足の麻痺が出る。右手足の運動障害と言葉のコミュニケーション障害が同時に出たときは、かなり高い確率で脳卒中が起こっていると思います。

 それから、先ほど3番目の標語でバランスの障害、うまく立てない、歩けないということがありましたけれども、実際に統計を取ってみると、歩けないという人が3人に1人います。 麻痺で足が動きにくくて歩けない場合と、バランス障害。それは脳の中でも脳の一番後ろにある小脳が傷んで起こることが多いのです。

 あと意識障害ですね。先ほども言いましたように、ちょっと意識障害が起こったときは、本人は対応できないことが多いので、周りの方が気付いて「ああ、これはおかしい」と言って医療機関を受診させなければいけないですね。

 それから感覚障害。運動障害は脱力ですが、感覚障害はしびれ。なんかジンジンするとか、お風呂に手を突っ込んだのに熱いのが分からないとか、 そういった感覚が鈍くなる。この感覚障害も先ほどの運動麻痺と一緒で、典型的な場合は右半身とか左半身の顔・手・足に感覚障害が出ます。

 障害の場所というか、脳梗塞や脳出血の部分が小さければ、顔・手・足とは出ずに顔と手だけとか、手だけとかいうこともあります。 ただ僕たちの外来の患者さんで、両手両足がジンジンするから私は脳卒中ではないだろうかと来られる方がよくいますが、先ほどの運動麻痺と一緒で、 両手両足に同時に障害が出るときは脳卒中ではないと。脳卒中ではないけど何かの異常はあるわけで、 これは糖尿病をある程度長く患っている人とか、やはりお酒をたくさん飲む人に、こういう症状が起こりやすいです。

 それから、めまいですね。めまいもしょっちゅう起こされる方がいると思います。めまいだけだと脳卒中だとは言いづらいのですが、めまいプラス軽いんだけど手足も動かしにくいとか、 めまいプラスちょっと話しにくいとかがあれば、それは脳卒中の可能性がありますから病院に行ったほうがいいと思います。

 次に視覚障害、目の障害ですね 。目の障害を専門の言葉で言うと「黒内障」と「半盲」という言葉があるので、これを少し説明してみましょう。

 白内障はよくご存じだと思いますけれども、黒内障もきちんとした医学用語で片目が見えなくなることを言います。だいたいにおいて2〜3分で良くなる人が多いです。 患者さんの実際の訴えを聞くと、「急に片方の目にカーテンが掛かったみたいにサーッと物が見えなくなって、おかしいなと思って数分たつと、また見えるようになりました」とおっしゃる方が多いです。
 これは正しく言えば脳の障害ではなくて、目の障害ですね。目にもちゃんと血管が流れていて血液が送られてきます。 この目の血液の流れが急に障害されると、これが右目だった場合は右目がサーッと見えなくなるんですね。
 ただ脳卒中を見ているときに、この目の障害がとても大事なのは、脳も目も同じ頸動脈という血管から血をもらっているんです。 ですから、急に目の血の流れが落ちるということは、同じ理由で急に脳の血の流れが落ちる可能性もあるということになります。この典型的な人は、 ちょうどあごのところで頸動脈が二股に分かれるのですが、こういった二股に分かれる場所は動脈硬化が起こりやすくて、動脈硬化の塊がポロッとはがれて飛んで、 目に飛べばこういう症状が起こりますし、これが脳に飛ぶと脳梗塞が起こるんですね。

 あともう一つ、今のは片目が見えないという症状でしたが、もう一つ特殊な、非常に珍しいと思われるでしょうけれども、片側が急に見えなくなる人もいます。 ある日あるとき突然、見ている世界のうちの左側だけが急に閉ざされたように見えなくなる。これは右目で見ても、左目で見てもという意味ですよ。 これも典型的な脳卒中の症状で、脳の一番後ろにある場所、後頭葉という場所が障害されると起こります。

 いろいろ言ってきましたが、最後に頭痛。頭痛もよく起こる症状ですよね。頭痛持ちの方とかは毎日頭痛があるわけで、その一回一回で脳卒中が起こっているわけではないです。 ただ、先ほども言いましたように、今まで経験しなかったぐらい激しい痛みが突然起こったときは、脳梗塞とかでも痛むときはあるのですが、 クモ膜下出血のときに脳みその表面が血液にさらされると痛いと感じますから、そういったクモ膜下出血の可能性があります。
 手足の麻痺とかは、もともとなかった麻痺が急に出ると誰でもびっくりしますが、めまいや頭痛は難しいですよね。 軽いめまいや軽い頭痛は結構しょっちゅうありますから、どこから異常と考えるべきかというのはいつも質問されるのですが、何回も言いますように、 今まで経験しなかったぐらい痛いということが突然起こったら、脳卒中かもしれないと思われたらいいと思います。
豊田章宏:  先生、頭痛も人によっては軽い人もありますよね。ですから、やはりいつもと違うという感覚が大事でしょうね。
豊田一則:  そうですね。
豊田章宏:
(写真)司会:豊田章宏さん
司会:豊田章宏さん
 クモ膜下出血のときの頭痛を、よくお医者さんはハンマーで殴られたような痛みと説明をすることがあります。 でも、そのお医者さんはハンマーで実際に殴られたことがないのだから分からないだろうと思うのですが、それぐらい痛いということなのでしょう。 ですから、普段から頭痛持ちの方でも、いつもと違う痛みという症状は大事なサインだと考えたほうがいいのかなと思いますね。
豊田一則:  そうですね。ですから、これは難しいですね。頭痛が起こった瞬間にすぐ救急車を呼べと言うと、たぶん混乱してしまうと思うのですが、 やっぱり普段と違う頭痛が続いていると思ったら、専門の医療機関や病院に行くと。そうすると、特にこういうクモ膜下出血などは、 CTを撮って比較的容易に見分けることもできますので、やはり一度おかしいと思ったら受診をしてみるのが大事でしょうね。
 こういった症状が出るのが脳卒中なんです。では、脳卒中はどうしたら起こるのかというと、それは先ほど言ったように、脳の血管が詰まると脳梗塞が起こって、 脳の血管が破れると脳出血が起こるんですね。どれだけ規則正しくまじめに、つつましく暮らしていても、年齢を重ねるとどうしても脳の血管が傷みますから、 歳をとるということ自体が大きな危険因子ではあるのですが、ほかに、こういったものを持っていると脳卒中がてきめんに起こりやすいですよというのがいくつかあります。

スライド・「脳卒中予防十か条」(クリックすると拡大表示します)
「脳卒中予防十か条」
(クリックすると拡大表示します)
 これもお手元にございますか。「脳卒中予防十か条」というのを僕たちはよく言っています。 「手始めに高血圧から治しましょう」の高血圧とか、「糖尿病、放っておいたら悔い残る」の糖尿病とか、「高すぎるコレステロールも見逃すな」のコレステロールが高いこととか、 こういったことが脳卒中の危険因子、脳卒中を起こしやすくする原因だと言われています。
 この一つ一つを見てみましょう。そもそも脳卒中や心筋梗塞に一番関係するのは高血圧だとよく言われています。 実際に高血圧の患者さんは多くて、3,000万とか4,000万とか言われていますので。

 久山町という福岡県にある町では、ほとんど100%の方が住民健診をきっちり受けてくださって、そのときの資料をもとに、住民健診で測ったときの血圧がこれぐらいだったら、 将来、脳卒中が起こるかどうかという調査をしています。
 そうしますと、やはり健診のときに120とか130ぐらいの血圧だったらともかく、140を超えたり、180を超えたりする高い血圧だと、 てきめんに脳卒中が起こりやすいことが男性でも女性でも言われています。これはべつに久山町だけのことではなくて、世界中でこういうことが言われています。

 糖尿病もですね。これは同じ久山町のデータですが、糖尿病がまったくない方よりも、よく糖尿病の前段階と言われる耐糖能障害がある方や、実際に糖尿病の方は、 将来、脳梗塞や心筋梗塞を起こす確率も目立って増えていることが分かります。

 それとコレステロールも問題だと言いました。これも日本人のデータですが、健診で最初に測ったときのコレステロールの値が200なかった方を目安とすると、 コレステロールが260を超えているような方は、200以下の方の2倍以上の確率で、将来脳梗塞が起こりますと言われています。やはり高血圧・糖尿病・コレステロールというのは3大危険因子と言ってもいいですね。

スライド・「高脂血症と高血圧の相乗効果」(クリックすると拡大表示します)
「高脂血症と高血圧の相乗効果」
(クリックすると拡大表示します)
 そういった危険因子を併せ持っているというのが、また厄介で、例えばこのグラフはちょっと複雑ですが、上の血圧が130未満でコレステロールが184未満という、 コントロールが良い方を基準とすると、血圧を測ったら160を超えていて、コレステロールも240を超えているような方は、 なんとこの方たちの8倍ぐらい脳卒中が起こりやすいと言われています。ですから、危険因子を2つ持っていると危険が2倍になるのではなく、 4倍とか8倍に増えていくんですね。
 こういったことを言っていると脅かされるだけですが、それをきちんとコントロールすべきなんですね。必ずしも薬を使いなさいとは言いません。 今日は製薬会社の方が協賛してくださっていますけれども、まず薬に頼る前に、ご自分で食事をコントロールしたり、運動したりすることが大事です。
 ただ、それでもどうしてもうまくいかないときがありますから、そのときはお薬を上手に使うのが大事です。 例えばコレステロールのなかに、よく善玉・悪玉と説明を受けることがありますが、俗に言う悪玉コレステロール、LDLコレステロールを薬を使って10%下げると、 脳卒中は16%減るということが分かっているんですね。いろいろな調査でのコレステロールの値と実際に脳卒中が起こる割合を図にしてみると、 コレステロールを適切に下げるほど脳卒中は減るということが言われていますね。これはいい薬です。
豊田章宏:  お薬で下がるのは良いことですが、これは、逆に下げ過ぎて悪いということはないんですか?
豊田一則:  そうですね。やはりコレステロールも不必要な物質ではなく、本来は体にあってしかるべきものですから、極端に下げ過ぎると、例えば逆に脳出血を起こしやすくなるのではないかとか、 癌が起こりやすくなるとか、そういうことも言われています。ですから、何事もほどほどが大事なのですが、少なくとも他人と比べてコレステロールが目に見えて高い方は、 適度に下げておくことが大事だと思います。まずは生活習慣ですよ。食事とか運動に気を付けた上で、それからお薬というのも大事だと思います。

(写真)豊田一則さん
豊田一則さん
 それからもう一つ、脳梗塞に関しては、心臓が原因の脳卒中も結構多いです。これはちょっと見慣れない絵だと思いますが、心臓の中を超音波、エコーを使って映しています。 心臓というのは丸い入れ物ではなくて、細かいヒダがたくさんあって、そういったヒダの一つに僕たちが左心耳と呼ぶヒダがあるのですが、 左心耳の中は血がよどみやすくて血の塊ができることがあります。ちょうどボールのような血の塊、血栓ができて、この血栓が突然心臓の壁からポロッとはがれて飛んで、 脳の血管に行きつくと脳梗塞を起こすのですね。
 あまり個人の名前を出してはいけないとは思うのですが、皆さんが脳卒中にかからないために、あえて名前を出させていただければ。 日本のスポーツ界は、心臓が原因の脳梗塞のために2人の非常に大事な監督を、まだご健在ですけれども、スポーツの現場からは失ってしまったのですね。 1人は野球の長嶋監督で、もう1人はサッカーのオシム監督です。日本を代表する2人の監督が2人とも同じ病気で、現役の監督をやめています。
 長嶋さんが脳卒中を起こされたとき、東京女子医科大学に入院されたのですが、すぐに記者会見がありましたよね。 そのときの一問一答が書かれています。内山教授が主治医だったのですが、この内山先生の記者会見を聞くと、心臓から飛んだ脳梗塞というのはどういうタイプかというのがすごくよく分かります。
 ちょっと長くなりますが読みます。記者が「脳卒中の原因は何ですか」と聞いたら、内山先生は「脳梗塞にはいくつかの原因に基づく病型があります」と。 先ほど言った動脈硬化タイプとか心臓タイプ。「そのうちの心原性脳塞栓症という病気で、具体的な心臓の原因疾患は発作性心房細動であります」というふうに言っていますね。 そういう名前の不整脈があるんです。
 長嶋監督は、それまでは心房細動の気はまったくなかったのですが、残念なことに、この脳卒中を起こす数日前から動悸が起こりだして、初めての心房細動の発作が起こることによって、 心臓の中にできた血の塊、血栓が頸動脈を通して脳に流れていって、脳の血管を詰めて脳梗塞を起こしましたと。本当にこのとおりなんですね。心臓が原因の脳卒中というのはあります。
 心房細動は、すごく体に気を使っていれば絶対起こりませんかというと、そうでもありません。ただ心房細動が起こったときはドキドキして分かることが多いですから、 ちょっと最近ドキドキが続いておかしいんだけどというときは、やはり医療機関に行かれて、そこで、もし心房細動と診断がついた場合には、 またそれに合ったお薬で脳卒中を予防することをしますから、そういったときも受診をされるといいと思いますね。
豊田章宏:  自覚的な胸がドコドコドコってするタイプの動悸ですか?
豊田一則:  うん、そうですね。ただ、それを感じない方もいらっしゃるんですね。長嶋監督は、どうも感じていらっしゃらなかったようなんですけれども。
豊田章宏:  長嶋さんは、もともと感じにくいタイプかもしれないですね。(失礼しました)
豊田一則:  そうかもしれません。あまり個人的に親しいわけではないので、よく分からないのですが。
豊田章宏:  われわれがきれいな人を見てドキドキするのとは、また違うんですね。
豊田一則:  はい(笑)。
豊田章宏:  すみません、余計なことを。
豊田一則:  あまり個人の深いことに立ち入るのはやめましょう(笑)。では次をお願いします。

 先ほど言ったように、いろいろな原因で脳卒中が起こるわけです。こういうことを普段から気を付けて脳卒中を予防すべきなのですが、 それでも先ほど言ったような脳卒中を疑う症状が出てしまったらどうするかというと、「脳卒中、起きたらすぐに病院へ」というのが予防10カ条の最後に書いてあります。

 「脳卒中は起きたらすぐ病院へ行かないといけないものですか」と聞かれます。ちょっと一晩ぐらいゆっくり寝かしておいたほうが、 それで症状が取れたら病院へ行かなくてもすみますし、救急車を呼ぶと近所の手前もありますから、ちょっと控えたいとか思われる方もいると思うのですが、違うんですね。
 脳卒中が起こったときはというか、脳卒中を疑ったときは一刻も早く病院へ行ったほうがいいです。なぜかというと、病気にもいろいろあって、 例えば癌のお話をしますが、癌の疑いがあるというときは、じっくり検査をして、場合によってはいろんな病院を探して、遠方の病院に行ったりしていろいろな検査を受けて、 一人の先生でもいいですし、複数の医者の意見を聞いて家族で話して、どういう治療を受けるかをゆっくり決めればいいと思います。
 でも、この循環器と呼ばれる脳血管とか心臓の病気というのは、あまり時間の余裕がないんですね。ちょっと3日間考えて治療を選びますからとか言っていると、 その間に脳卒中や心筋梗塞はどんどん進んでしまって、3日たったときには、もう3日前の治療はできませんよと医者から言われます。
 そのなかで特に脳梗塞は、よく新聞報道でもありますが、脳梗塞が起こって3時間以内であれば、tPAという点滴の薬を使って脳卒中の症状をきれいに治すことが可能であると。 全員がそうはならないけれども治る人も多いということが最近よく報道されています。

スライド・「脳梗塞の治療可能時間帯は狭い」(クリックすると拡大表示します)
「脳梗塞の治療可能時間帯は狭い」
(クリックすると拡大表示します)
 これも少し難しい話をしますと、脳の中には血液が流れていて、簡単に言えば普段は40ccぐらいの血液が流れているんですね。脳の血管が詰まると、 当然そこから先に血が行きませんからガクッと血の流れが落ちます。血の流れが落ちると、これは脳みその絵ですが、この赤いところに脳梗塞が出てきます。 脳梗塞の真ん中のコアの場所は、早い段階でどんどん脳梗塞ができていって、ちょっと治しようがないんですね。
 でも、その周りに脳梗塞になりかけているけど、まだ薬を上手に使ったりしたら治りますよという不完全な脳梗塞の場所があるんです。 しかし、その不完全な場所も、どんどん時間がたつと、もうあかんとこの場所に置き換わっていきます。 どれぐらいたったら置き換わりますかというのは個人差がありますけれども、だいたいの目安で3時間ぐらいですね。 人によって違いますよ。5時間や6時間の人もいますけど、だいたいの目安で言うと3時間。この3時間以内に急いで治療をすると、 この脳梗塞になりかけている場所の血の流れを、また元に戻してセーフということもあります。
 3時間という短い時間にこだわりたくない方は、脳梗塞が起こる前の無限にある時間のなかで予防に努めるべきだとは思います。 ただ、予防しておけば絶対に大丈夫かというと、そうでもないんですね。人生そこらへんが難しいところで、どれだけ気を使っても、やっぱり脳卒中が起こってしまうことがありますから。 将来的には、再生医療とかで3日や4日たっても脳がよみがえるということは、たぶんできるのだろうと思いますが、 今現時点での治療としては、脳卒中が起これば、なるべく早く、目安としては3時間以内に病院に来られるといいと思います。
 これは、だからといって3時間たったらアウトで、それから後は何をしてもだめなんだと思われても困りますけどね。 リハビリとかいろいろな治療がありますから。もちろん3時間過ぎて病院へ行かれても僕たちは一生懸命治しますし、 ある程度は治るのですが、「私はCTであんな黒い影なんかが出るのも嫌」とか、「あんなのは残したくない」と思われたら、本当に早く病院へ行かれたらいいと思います。

 そのために、先ほども言いましたいろいろな標語を僕たちも使って、こういう症状が出たら脳卒中を疑ってくださいということを繰り返し言っています。

スライド・「救急車が一番! 医者は二番!」(クリックすると拡大表示します)
「救急車が一番! 医者は二番!」
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 それともう一つ大事なことは、繰り返して言いますけど、脳卒中を疑う症状が出たときに、しばらくちょっとおうちで休みましょう、家で一晩寝て良くなるのを待ちましょうというのはまずいと。 繰り返しますが、早く治療をしたほうがいい場合が多いので、脳卒中を疑ったときは早く医療機関へ行ったほうがいい。
 そこでもう一つ、医療機関へ行くというのはどういうことかというのがあります。やっぱり、ある程度お歳を取られた方は、皆さん、かかりつけのドクター、町の開業医の先生にかかり付けていらっしゃる。 また後からお話があるかもしれませんが、では脳卒中を疑うときは、先生のお家までというか、診療所まで行ったらいいですかというと、そこらへんがまた難しいのですが、 どうしても脳卒中の最初の第一歩の治療は、ある程度、専門性の高い大きな病院でなければできないことが多いです。
 ですから、先ほど言った脳卒中ではないかなという症状があるときは、やはりかかりつけの先生に相談するのはいいことですから、 しかし、直接行っていると時間がかかるので、相談するにしても電話に留めてください。 なるべく急いで救急車を呼んで、中国労災病院のように脳卒中の救急診療をしている病院に駆けつけた方が良いです。

スライド・「7D:脳梗塞超急性期診療の流れ」(クリックすると拡大表示します)
「7D:脳梗塞超急性期診療の流れ」
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 これはアメリカのガイドライン、目安なのですが、脳卒中の救急病院というのは、「7つのD」の流れに沿って急いで患者さんを診なければいけないというふうに言われています。 「7つのD」と言っても何だろうと思われるでしょうから、ちょっと説明をします。
 「Detection」というのは患者さんを見つけることですね。「Dispatch」は救急隊が出動をすることです。「Delivery」はピザではなくて患者さんを病院へ運ぶことですね。 そして病院のドアまで着きます。病院のドアまで着いたら、私たち医者は一生懸命にデータを集めるんですね。診察をしたりCTを撮ったりして患者さんの「Data」(データ)を集めて、 「Decision」というのは治療方針を決めて、「Drugs」は薬などを使って治療をすると。そういう7つの流れをする。
 アメリカのルールでは、特に病院のドアまで着いてDrugs、必要な治療を始めるまでは1時間以内でしなさいと言われているんですね。僕たちも頑張ります。 ただ、なかなか病院へたどり着いてのこの60分を節約するのは難しいんですね。この最初の2時間は僕たちは直接には関われないのですが、結構なんとか短くできそうなところが多いです。 やっぱり麻痺が出たときに、ちょっと20分待とうと思われずに、2〜3分待っておかしければ救急車を呼ぶということをすれば、それだけ時間が短くなります。
 ただ、この話をずっと続けると不安をあおるというか、ちょっと薬指の先が痛いから、これは1時間待つよりも今すぐ、とかになると、 また病院がいろいろと混乱することもあるのですが、先ほど言った5つの代表的な症状のようなことが起こったときは、 結構、確率が高いから、早く病院へ行きましょうということが大事ですね。

 そして先ほども言いました、例えばtPAなどの薬を使って手際よく治療をすると、非常によく改善することが多いです。 万能薬ではありませんから100%とは言いませんけれども、こういったいくつかの新しい薬を取り入れながら、リハビリとかも含めた総合的な医療で、みんな良くなっていきます。

 tPAと言いましたので、ちょっと説明を。tPAという薬を使うとどうなるのかと言うと、脳の詰まっていた血管がサーッと再開通して血液の流れが元に戻ることが言われています。

スライド・「円滑な脳卒中救急診療の妨げ」(クリックすると拡大表示します)
「円滑な脳卒中救急診療の妨げ」
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 こういったようなお話をしましたけれども、これは非常に分かりやすい標語で、脳卒中をスムーズに治療することの妨げになっていることが7つあると載っていました。 非常に大事なので言いますと、例えば患者さんやその家族が脳卒中の症状を理解していないと。先ほどから繰り返して言っています、運動麻痺とか言葉の障害が出ても、 それを脳卒中と結びつけなかったら、急いで受診しようとは思わないですよね。やはり一般の方が脳卒中の症状を知らないことは脳卒中の診療を遅らせます。
 それから脳卒中ではないかというときに救急車をすぐ呼ぶべきなのですが、ちょっと着替えて何とか先生のところまで行ってと、 かかりつけの先生といい連携を保つのは本当に大事なことですが、脳卒中の救急に関しては、なるべく救急車を呼んだ方がいいでしょう。
 あと救急隊も不勉強だったりして、患者さんは明らかに脳卒中のようなのに、救急隊がこれは脳卒中ではない、ただどこかが痛いだけかなと思われると困ります。 でも、救急隊の方も今はすごく勉強をされていますから、こういった脳卒中や心筋梗塞は急いで専門の病院にというのが、どこの救急隊の方もよく分かっていらっしゃいます。
 病院の問題もありますよね。病院に来たけれども、受付の書類を書かされるのに30分かかりますとかだと、とても脳卒中の救急診療ができません。 こういった病院の対応が悪いと脳卒中がうまく治らないということになります。
 それから、やはり医者が勉強不足で「脳卒中と言われたって治療がね」とか言っていると治りません。ただ、それはすべての医者が脳卒中を等しく上手に治療できればいいですが、 ある程度、専門性というのがありますから、やはり脳卒中を治せる病院に行くというのが大事だと思いますね。
 それから、「脳卒中、僕は治せないよ」と医者が不安を抱えているようでは治りません。今は医者も一生懸命に勉強をしています。こういったことを克服すると、 脳卒中というのはスムーズに治療ができるのではないかということが言われています。

 先ほども言いましたけれども、日本脳卒中協会というところがあって、これはインターネットで「日本脳卒中協会」と検索するとすぐに出てきます。 患者さんや家族のための協会です。いろいろな活動をしていますが、そのなかで特に脳卒中の予防のために啓発活動をいろいろとしています。

 その脳卒中協会が中心になって、この6月に「脳卒中対策基本法」という法律をつくりましょうよという働きかけをいたしました。 これはちょうど6月25日のもので、これはNHKのニュースですね。これは『読売新聞』ですけれども、こういった記事が載っておりました。
 「脳卒中対策基本法」とは何かというと、いくつか標榜していることがあるのですが、そのなかで特に脳卒中の予防、発症時の適切な対応を進めるために、 国民の皆さんがそういったことをよく理解をすることができるようにしましょうと。こういった市民公開講座も、普通は僕たちが手弁当で、豊田先生とかが手弁当でされているわけです。 今日はファイザーさんも付いてくださっていますが、そうではなくて、国が責任を持って、あるいは広島県や呉市が責任を持って、呉市民全員に脳卒中というのはこんな症状ですよというのが分かるように、 こういうことを国や地方公共帯に責務として行わせるという強い法律を作ることで皆さんの健康を守ろうと。今は、そういう法律を作ろうとしております。 いろいろなことで頑張っております。
 脳卒中の制圧を目指して、脳卒中患者さんが一人でもいなくなることを目指して、僕たちは頑張っておりますので、 またよろしくお願いします。どうもありがとうございました。
豊田章宏:  ありがとうございます。
 今日のこのプログラムの裏にもパネリストの紹介がしてありますけども、とにかく脳卒中と闘うのだという強い意志が感じられる先生のプロフィールが書いてあります。
 「癌対策基本法」というのは、すでにありますよね。やはり、脳卒中もこういうふうに法律になると、だいぶ違ってくるものですか。
豊田一則:  そうですね。私も専門ばかでして、癌のことをどれだけ知っているのと言ったら、よく分からないところもあるのですが、「癌対策基本法」はもうすでにできています。 できるとどういうことがあるかというと、国とか都道府県レベルで癌から国民というか、市民を守るためのいろいろな条例を作るとかができます。 ですから癌対策というか癌予防キャンペーンなどは、例えば、たばこをやめましょうとかというのは、ある程度、国とか県とかが責任を持ってやってくれているんですね。 同じようなことを脳卒中でも。
豊田章宏:  そうですね。やっぱりそういう意味では基本法が制定されると、脳卒中の撲滅に対しても支援があるかもしれませんね。
 それと先生のお話の中で、tPAですね。魔法の薬のようなかたちで先ほどもご紹介されました。 脳卒中の総本山である国立循環器病センターでは、たくさんの脳梗塞の患者さんを治療されていると思うのですけれども、実際に3時間以内で使われた薬の効果はどうなんですか?  皆さん100%良くなるんですか?
豊田一則:  残念ながら100%は良くならないですね。僕たちは、やはりある程度の経験を積んできて、この患者さんは治りそうだとか、 この患者さんはあまり効かないかもしれないというのは分かるのですが、では効かないかもしれないから使わないということは決してしません。 チャンスは皆さんに平等にあるべきですので。
 ただ、脳卒中でもピンからキリまでありまして、あまり変わった治療をしなくても、患者さんの自然の健康の力で戻るレベルの脳梗塞も多いです。 そうではない、誰が見ても明らかにひどいような脳梗塞の方にtPAを使うのですが、そうすると、tPAが世に出る前は、そういった方は慢性期というか、 例えば3カ月後にご自分で障害なく生活ができている割合が2割ぐらいしかなかったのが、tPAを打つことで4割近い方が障害なく過ごせるようになったと。 ですから、そういった障害を持たない方が倍に増えたという意味ではいい薬なんですが、ただ100人見ると40人ですから、 残りの60人にとってはまだパーフェクトではないんですね。
豊田章宏:  でも良くなる方が2割から4割になったということは大きいですね。
豊田一則:  そうですね。大きい差だけど、まだまだ魔法の薬というには、ちょっと遠いところもありますから、ほかにもいろんな薬を開発しているところです。
豊田章宏:  そうなると、一番薬の恩恵からはずれる因子は時間ということになりますよね。皆さん、先ほどのこの紙です。袋の中に入っている救急車の絵が描かれた小さな紙ですが、 ここに書かれてある、先ほど豊田先生からも説明された5つの症状を覚えて下さい。明らかに脳卒中の症状がある場合は迷わず救急車を呼んだ方がいいだろうと思います。
 しかし、普段は身近でいろんな相談ができる、かかりつけのお医者さんもあると思いますので、そこらへんは、 うまく組み合わせながら利用していただければと思います。ただ、本当の救急時には困りますので、呉々も蕁麻疹が出たから救急車で行こうというのはご勘弁いただきたいと思います。
 さあ、本日の講師である豊田先生には、本当にお忙しい中、大阪から来ていただきました。もう一度、感謝を込めて大きな拍手でお送りしたいと思います。ありがとうございました。
豊田一則:  どうもありがとうございました。

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