豊田章宏 脳卒中フォーラム実行委員会代表 中国労災病院リハビリテーション科部長*
それでは本日の最初のお話を始めさせていただきます。皆さんは、脳卒中になった方が発症して1年以上経過した時点で、どのような形で生活されているのかご存知でしょうか?
こういうのを長期予後といいますが、呉地域においてその実態を一度ちゃんと調べておいた方か良いだろうということになりました。今日はその調査結果を発表させて頂きます。
まずもって、日本の医療制度がどんどん変わってきて、ややこしくなってきたなという実感が皆さんにもおありではないでしょうか?
例えば、救急で運ばれた病院では入院期間が非常に短く設定されていて、なんとなく追い出されるような気分になったとか、
リハビリ日数にも制限があって十分に受けることができなかったとか、こんな困った状況に実際に直面した方もおられるでしょうし、経験はないけれど、
ニュース等で問題視されているのは知っているという方も多いのではと思います。
この10年ちょっとの間に医療制度は本当に大きく変わってきました。厚生労働省は平成12年に病院というものを大きく3つに仕分けしました。
ひとつは急性期病院と呼ばれる、いわいる救急車を受入れて先端医療を行なうような病院。
二つ目は回復期病院と呼ばれる、リハビリを中心に行なって社会復帰を促す病院。
それから、三つめは療養型病院といって、高度な治療はやらないけれども、病院でなければ対応できない長期入院を要する患者さんを診る病院です。
病院というものはそういう観点で大別されました。
それから6年後、リハビリも内容によっていくつかの分野に分けられました。
それまでは理学療法、作業療法、言語療法という治療するスタッフの専門性によって分けられていましたが、今は誰が治療するという区分ではなく、
リハを受ける患者さんの病態によって呼吸器、運動器、脳疾患、心臓大血管というふうに分けられています。
しかも、それぞれにリハビリが出来る日数制限が設けられました。
例えば脳卒中だったら180日まで、骨折とかの運動器疾患だったら150日まで、肺炎だったら90日までといった具合です。
つまり、そこまでしか医療保険は使えませんよっていう制限が付けられました。
これらは恐らく財務省の主導で、国にお金がないからしょうがないっていうところがあるとは思うのですが、患者さんにとっては厳しくなったと言わざるを得ません。
そういう制度改革がどんどん進んで、急性期病院の在院日数も非常に短くなって、
「入院したらあっという間に転院して下さいと言われた」というストーリーを身近で聞いたことがあるのではないでしょうか。
でも、そういった分業式の流れ作業ばかりが重視されると、救急病院のベッドは回転が速くなって空きが出るので、
救急患者さんの受け入れは確かに容易になるけれども、別な病院に移った方としては、ちゃんと継続した治療が受けられるのか心配になりますよね。
そこで地域連携パスというものが誕生しました。詳しいことは後でお示ししますが、入院する病院は移り替わるけれども、
それぞれの病院で違う治療をされちゃ困るので、治療のプログラムは同じ物でやっていきましょうということになりました。
つまり、急性期病院から回復期病院へ移っても一貫した治療内容を続けられるようにと考えたいわば治療工程票です。
さらに、今一番話題になっているのが、今日の大きなテーマでもありますけど「地域包括ケアシステム」というものです。
似たような色んな言葉が出てきますので、みなさんもちょっと混乱するかもしれませんが、要は地域という単位で、医療も介護も福祉も、みな一緒になって、
住民である皆さんをカバーしていかないといけないというシステムです。
病院の役目はここで終わりだから、後はよそに行ってくださいという丸投げじゃ困るわけですね。医療制度の変遷の中で区分された病院や施設が、
協力して一緒にやっていこうという風に変わってきたのです。
例えば、以前は皆さんが脳卒中になった場合、救急車でこの近くだと労災病院とか医療センターとかに運ばれますね。
そうするとその病院で治療して、リハビリもして、だいたい3カ月から4カ月くらい、長けりゃ半年ぐらい入院治療を受けて、自宅に帰るか、
どうしても自宅は無理だから施設に行こうかっていうのが昔のパターンでした。
これが今では、救急病院に運ばれたら、最も長くても2カ月までにはリハビリ専門の病院に行って下さいという国の制度になっています。
そしてそこも半年までで、その先は自宅か施設かどちらかに行きましょうということになります。
救急やリハビリといったそれぞれの専門の病院で、適切な時期に適切な治療を受けられるといった考え方ですから、
机の上では理想的なシステムが機能するのですが、現実はなかなかそうはいかないものです。
しかも、それら専門病院が同じ地域の中に全てあるとは限らないわけです。今でこそ3施設ありますが、10年前には呉市内にもリハビリ専門病院はありませんでした。
それでも国が一旦決めた制度というものはどんどん進んで行ったわけです。
さあ、病院を移っても同じメニューで治療を継続していこうというのが脳卒中地域連携パスですが、その内容を少し説明しましょう。
急性期病院、回復期病院、それからご自宅に帰ってからのかかりつけ医の間で使う申送り票を作ったわけです。急性期からご自宅に帰るまで、
皆さんの情報がちゃんと共有されてないと困りますよね。パスを記入するのは大きく分けて医師、看護師、リハビリスタッフ、ソーシャルワーカーになります。
例えば医師が書くところは、みなさんの病気はどのタイプの脳卒中なのか、それから心臓病や肺炎などの合併症があるのか、転んだ事があるのか、
それから血液検査の状況などをちゃんとチェックして申し送ります。
リハビリでは、麻痺の程度がどうなのか、日常動作上の問題点は何なのかなど。
看護では、どういった食事がとれているのか、つまり流動食なのかどんな形態なら食べられるのか、それから自分で顔を洗ったり、
トイレいったり出来るのかどうかそういった状況を書きます。ソーシャルワーカーは、介護保険はどういった手続きをしているのかどうか、
相談のキーパーソンは誰なのかなどを次に申し送りをしています。この連携パスは皆さんが転院される際に病院間で引き渡しています。
患者さん用のパスはイラストが入ったわかりやすい一覧表になっています。大まかな治療の流れが掴めるように、急性期病院での説明時にお渡ししています。
もし、皆さんが脳卒中になった場合、急性期病院で治療を始めて、軽い場合だったら直接ご自宅に帰れます。
しかし、中等から重症であった場合は専門的なリハビリが必要ですので、発症から2カ月までにこの連携パスを持って次の回復期病院に行って治療を受けるという具合です。
もっと重症の場合はなかなか自宅退院するのは難しい状態ですので、長い期間診てくれる施設に行ったりする。
こういう具合に重症度による振り分けをしながらパスは運用されます。
呉地域の現状を見てみましょう。脳卒中の場合、救急病院となるのは呉医療センター、呉共済病院、中国労災病院という3病院ですが、
ここでの入院期間は1カ月くらいです。その後はリハビリ病院へ8から9割の方が転院しています。
そして、リハ病院で約70日間、発症から合計すると100日から120日くらいで7割近い方が自宅退院されています。
しかし、これは経過の順調な方々のお話です。残念ながら順調な経過ばかりじゃないですよね。必ず回復できない方もいらっしゃいます。
そのときには療養型の病院や介護施設に移っていただくわけです。その場合はやっぱり待ち時間が生じまして、これが2カ月以上、3か月くらいかかっているんですね。
計画通りに順調に回復していく方は良いのですが、そうではない方はどうしても待ち時間がかかるということは以前と比べて何も変わっていないのです。
だからこそ、地域全体でどう対応するかを考えていかないといけない。そのためには、みなさんに転院して下さいってお願いするだけじゃなくて、
医療側もちゃんとその申し送りが出来ているかどうか、治療内容がどうかなど、定期的に勉強会をしてチェックしています。写真を見てください。
呉地区のいろんな病院とか介護施設とかの皆さんが集まって、医師だけじゃなく、看護師、リハビリスタッフ、介護職、
いろんな職種が集まって事例の検討会をしています。こういう場合にどうすれば良かったかとか、こうしたらもっと良かったんじゃないかとか。
患者さんを診る側もきちんと検証しているのです。
実際にこの脳卒中地域連携パスを使って治療された方々の長期予後はどうなっているのかを検証することも重要なことです。
平成23年度に呉全体の病院でこのパスを使用した患者さん全員にアンケート調査をさせて頂きました。
会場のみなさんの中にもアンケートが行った方があるかもしれません。その節はご回答ありがとうございました。
今回のアンケートを実施したのは平成25年10月ですから、急性期病院を退院されて1年半以上経った時点での状況を調べさせていただきました。
そうすると、だいたい呉全体で1年間に約300名の脳卒中患者さんに連携パスを使用して回復期病院へ転院されていました。
アンケートではこのうちの約70%の方からお返事を頂いています。亡くなった方が40名、全体の約13%いらっしゃいました。
お返事をいただいた方々がどこで生活していらっしゃるかをみますと、発症から約1年半以上経過した時点で7割の方々がご自宅で生活していらっしゃいました。
居住施設というご自宅に準ずるところを含めると75%くらい、つまり全体の4分の3くらいの方は自宅で暮らしておられるという状況でした。
しかし1年半以上経過してもまだ5%の方はリハビリをする病院に入院しておられますし、療養病床で、いわゆる寝たきりに近い方が5%くらい、
老健施設などにおられる方も10%くらいおられるというのが呉地域の長期予後の大まかな状況です。
また、退院後に状態はどう変化しましたかという問いには、60%くらいの方々は、良くなったまたは変わらないというお返事。
でも、15%くらいの方は悪くなったというお答えで、3%の方は脳卒中が再発したということでした。
それから、脳卒中以外の病気になったという方が17%と結構多く、転んで骨折したという方も5%ぐらいありました。
脳卒中以外の病気の内訳は肺炎が約30%、心臓病が約20%、癌が15%、うつ病が10%近くありました。脳卒中になった後もずっと色んな事が起こっているのですね。
そういうことも我々はちゃんと知っておかないといけません。
では、亡くなった方々の内訳をみてみましょう。やっぱり脳卒中とか心臓病といった血管系の病気で亡くなる方が多く30%いらっしゃいました。
癌で亡くなる方も14%と多いのですが、高齢になると癌の発症率は高くなりますので、年齢も影響しているかもしれません。
亡くなられた場所ですが、ご自宅で亡くなることができた方は5%だけです。
施設を含めても20%弱で、80%以上のみなさんは救急病院に運ばれて病院で亡くなっていらっしゃいます。なかなか畳の上では死ねないようですね。
アンケート調査時にご自宅に帰っておられるのか、病院にいらっしゃるのかで、分けて検討してみました。
mRS(モディファイド ランキン スケール)というのは患者さんがご自分でできる生活動作をみる尺度です。
大まかに言ってmRS1はほぼ正常、2は身の回りは自立、3は自分で歩ける、4は歩くのも介助がいる、5は寝たきり、6は死亡いうことになります。
調査時にご自宅で生活されている方々は、急性期病院退院時の平均mRSが3.5くらいですから、介助で歩くか少し手伝ってもらえば歩けるくらいということになります。
これが回復期病院に行ってリハビリ一生懸命やったら、mRSは平均3以下となり、なんとか自分で歩けるくらいまで回復しています。
そして、ご自宅に帰ってもそれを維持しておられました。ところが、アンケート時にも病院におられる方は、急性期での平均mRSが4.5と介助量が多く、
もちろん歩けない状態です。回復期病院に行っても結局は回復できず、お家に帰れないで長期療養病院でそのまま亡くなるかたが多いということになります。
しかし、これは元々重症な方の経過が悪いということですので、まだ理解できます。
問題はこのスライドです。これは急性期病院からリハビリ病院を経てご自宅に帰って生活している人だけを見たものです。
急性期の段階からmRS0〜2と既に自立している方、歩けて元気な方が3割くらいいらっしゃいます。
mRS3というなんとか歩けるよって方を含めると50%弱くらいでしょうかね。介助でやっと動けるくらいのmRS4の方が30%くらいいらっしゃいます。
mRS5とまだ寝たきりの方も15%くらいいらっしゃいます。これがリハビリ病院に転院して一生懸命リハビリして退院する時には良くなる方がこれだけ増えていますよね。
身の回りのことが自立している方(mRS0〜2)が約50%にまで増えています。ご自分で歩けるようになっている方(nRS3)を入れると70%以上に増えてきます。
しかし、生活期の状況はどうでしょうか。ご自宅に帰ってみると、軽症の方々は更に良くなっているのですが、全体でみると状態が悪くなる人も増えていたのです。
mRS3のギリギリ歩けるがどうかという方々が減っているって事は、回復期病院でせっかく良くなったけど、ご自宅に帰ってから運動が継続できないと悪くなる方もいらっしゃる。
逆にご自分でどんどん動く人はより元気になっているということでしょう。このあたりを何とかしないといけないですね。
在宅療養でも継続した運動とかが出来ないものかというのが地域包括ケアの考え方になってくる訳です。
自宅退院してもずっと元気でいるためには、やっぱり何かしないといけないだろう。ご自身で出来ることもある訳です。
自分の身の回りの事は自分でやり、散歩なんかも積極的に出かけるということもあるでしょう。それからご家族と一緒に出来ることもあるでしょう。
更にはご近所と一緒に出来る事もあるでしょう。近所で誘い合って公園で運動することも出来るでしょう。
もちろん医療や介護に頼らないといけない事もあるでしょうね。もしくは行政とも一緒にやらなきゃならないこともあるでしょう。
それぞれが、「誰かがやってくれ」じゃなくて、みんなが出来ることを一個ずつやって、地域のみんなで元気になっていかないといけないんだろうなと思うわけです。
みなさんはこれを狙っているわけですよね。「ピンピン、コロリ」いわゆる「ピンコロ」です。
こうなりたいから、ピンコロ神社とか、ぽっくり寺とかにもお参りに行くわけですよね。介護されたくなかったら粗食をやめなさい。贅沢してコロっと行きなさい。
ピンコロ7つの秘訣だとか、本当にたくさんの書物もあります。
やっぱり、みんな思いは一緒で、元気ずっと頑張れて、最後は痛くもなくてふっと逝ければ最高だろうと思うわけですね。
中には83歳でこれだけ元気な人もいらっしゃいます。見てください、すごいでしょう!トライアスロンですよ。でもみなさん、ここまではなかなか出来ないですよね。ちょっと無理ですね。
40歳過ぎたらメタボにも気をつけないといけない。運動も必要だと判ってはいるけど、なかなか一人じゃできないですよね。
だから、みんなで何か出来ないかなって思うのです。今日みたいに皆さんで集って何かやるのも一つでしょうし、何か核になるものがあればいいですね。
地域でいえば老人会などもいいのかもしれません。昔は地域でいろいろありましたよね。お祭りや地域の掃除など色々な行事があったように思います。
しかしそういう関係性はだんだん希薄になってきています。私はそういうものが復活できないのかなあと思っています。子供の時にラジオ体操もありましたよね。
夏休みになるとみんなで集まって、体操してカードにハンコをついてもらいました。自然に近所の顔を覚えたし、挨拶もしました。
そういうことが地域でもういっぺん出来ないのかなと思います。こういう地域体操は健康維持だけじゃなくて、集まることで地域の繋がりも出来るし、
安否確認も出来ますよね。「○○さんは来とらんけど死んどらんじゃろうのう?」とか冗談が言えればいいですね。
「風邪でもひいとるんかね」とか、そういう心遣いが無くなってきています。同じマンションでも隣が誰かもわからないのが現状です。
だからこそ、簡単で継続できることを地域で出来ればなと願います。
市町という行政がこういったイベントをやるというのも大事な事です。実は呉でも「健康呉体操」ってあるんですね。みなさん知ってましたか?
この体操を地区で集まってやっているところもあるようです。どんどん広まればいいですね。
このご当地体操を調べると、全国で実にいろんな体操をやっておられるんですよ。例えば三重県伊賀市。伊賀といえば?忍者ですよね。すごい!「忍にん体操」。
青森県は何でしょう?「健康雪かき体操」雪かきって腰が悪くなりそうですね。函館は「函館いか踊り体操」です。一体どんな体操でしょうね?
するめにならないようにしないといけないですけど。大阪は「元気でまっせ体操」、大阪らしいですね。岡山わかりますか?「ももっち体操」ね。
福岡、なんとなく予想つきますね?「よかばーい体操」。
沖縄もう訳がわかりません「りっかりっか体操」方言で「さぁ、やろう」みたいな掛け声らしいですけど、「にっかぽっか」じゃないですよ「りっかりっか」体操。
まぁこういう事をですね、各地でみなさんでやっておられます。とにかく、元気になる。みなさんが元気じゃないといけないし、地域が元気じゃないといけません。
そして地域の活性化にも繋がっていかないかなという思いがあります。
今日のフォーラムは、そういった事を踏まえて、この後の演者の方々にもお話をして頂く事になります。どうか引き続き講演を聴いて下さい。
私の話はここまでです。ご静聴ありがとうございました。(拍手)
(*講演当時のものです)
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