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【講演2】
嚥下のメカニズムと嚥下障害について
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豊田: 豊田章宏  我々がものを飲み込む、つまり嚥下する場合、実際に喉の奥ではどういう風になっているのでしょう。人の腹の中は判らないといいますが、喉の奥だって見えないですよね。
 一体どういったメカニズムになっているのか、この領域の専門家である耳鼻咽喉科のお医者さんから話をうかがいたいと思います。
 それでは、中国労災病院耳鼻咽喉科の横江先生、よろしくお願い致します。(拍手)

写真・横江裕幸さん 横江裕幸 さん
   中国労災病院耳鼻咽喉科 医師



 こんにちは。中国労災病院耳鼻科の横江といいます。
 当院の耳鼻科で、嚥下機能検査を担当しています。嚥下のメカニズムについてできるだけわかりやすく、かみ砕いてお伝えできるよう努めたいと思います。

図1:嚥下と嚥下障害
図1:嚥下と嚥下障害
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 嚥下とは、外部から水分や食事を口に取り込んで、咽頭と食道を経て胃に送り込む一連の運動のことを言います。 このどこかに異常が起こると、嚥下がうまくいかなくなり、嚥下障害になります。
 嚥下障害になると食物摂取が困難となり、脱水症や栄養障害を生じたり、食物が気道へ入る誤嚥を生じたりすることで身体に重大な影響を引き起こします。 また、食べる楽しみを喪失することは、生活の質を非常に落としてしまいます。
図2:頭頚部の解剖
図2:頭頚部の解剖
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 頭頸部の構造を説明します。空気の通り道の鼻腔があります。食物の入り口の口腔があります。口腔には舌があり、大きな空間を占めています。
 鼻腔と口腔は奥で、咽頭という一つの空間につながっています。いったんつながった通路は喉頭で空気の通り道が分かれていきます。空気は気管を通って肺に出入りします。
 食物は食道を通って胃へ落ちていきます。
 こうしてみると、空気と食物の通り道は、いったん合流して、また分かれていきます。うまく仕分けをする仕組みが必要だとわかります。
図3:正常の嚥下
図3:正常の嚥下
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 正常の嚥下を嚥下造影検査で見てもらいます。胃透視を受けたことがある方は、イメージがわきやすいと思います。バリウムを飲みこむところをX線の動画で撮影しています。
 先ほどの図と同じように、鼻腔・口腔・咽頭・喉頭・気管・食道があります。口にバリウムを溜めています。
 黒いバリウムがあっという間に落ちていきました。 スローでは、黒いバリウムが舌の働きで咽頭に押し込まれると同時に、喉頭が上がり、気管の後方の食道へツルッと落ちていきます。気管には入っていません。
図4:認知期
図4:認知期
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 嚥下運動は一連の運動ですが、口腔準備期、口腔期、咽頭期、食道期という段階に分けられます。
 嚥下運動を行う前には認知期という状態があります。食物を認知して初めて食べる行為につながります。 美味しそうだな、いい匂いだな、など感じることで、食欲が高まり、食べる気持ちの準備ができます。
 口腔準備期は、食物をかみ砕き、唾液と混合して、嚥下しやすい形に整える段階で、「もぐもぐ」です。自分の意思で行う動作です。 どのように噛もうかとかは特に意識しないので、半分自動で行う動作です。
 口腔期では、舌を上あごにしっかり押し付けて、食塊を後方の咽頭に送り込む段階です。ごっくんの「ごっ」です。 基本的に自分の意思で呑み込みのスイッチを入れます。
図5:咽頭期
図5:咽頭期
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 咽頭期は嚥下反射そのもので食物を咽頭から食道へ一瞬で運びます。 ごっくんの「くん」です。咽頭は食物の通り道だけではなく、呼吸のための空気の通り道も兼ねています。 食物が鼻に逆流したり気管に入らないように、順番にタイミングよく運動がおこる必要があります。
 鼻への通路をふさぎ、舌で咽頭へ食物を押し込むと同時に、喉頭が上がって気管への入り口を閉じます。  咽頭の壁が上から順にぎゅーっと縮んで、食物を食道の方へ絞り出すと、食道の入り口がパカッと開いて、食物は食道へ落ちていきます。  考えている暇はなく、全自動で動く動作です。
 食道期は蠕動運動です。胃まで絞り込みで食物を運びます。
 もう一度、バリウムを飲み込むのを見てもらいます。もぐもぐごっくん。スローで見てもあっという間です。
図6:嚥下内視鏡検査
図6:嚥下内視鏡検査
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 嚥下機能を見る検査は、先ほどのバリウムを飲み込む嚥下造影検査と、内視鏡でのどの中を観察する嚥下内視鏡検査があります。 内視鏡を鼻の穴から差し込んで、咽頭喉頭の様子と嚥下運動を観察します。
 直接目で見られるという利点がありますが、鼻が痛くてのどが気持ち悪いのが欠点です。

図7:口腔と咽頭・喉頭の観察
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 では、嚥下内視鏡検査の様子を見てもらいましょう。モデルはこの後講演をされます、言語聴覚士の木村さんです。
 口の中には舌があります。のどちんこの奥が咽頭です。鼻の穴からカメラを入れます。 鼻腔を通り抜けると咽頭です。下に向かって進むとのどちんこがあり、さらに喉頭が見えてきます。
 エーっと声を出してもらうと、声帯が閉じるのがわかります。喉頭の後ろに空間が見えます、ここを下咽頭といい食道の入り口になります。 今は行き止まりですが、嚥下のときにはパカッと開きます。
 息を吸うと声帯が開きます。この奥が気管で空気の通り道です。こちらに食べ物が入ると誤嚥です。誤嚥するとひどくむせます。
 今度は唾を飲み込んでもらいます。空嚥下といいます。嚥下の瞬間には咽頭は収縮して絞り込むので、カメラには何も映りません。これをホワイトアウトといいます。

図8:正常の嚥下:水
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 次に水を一口飲んでもらいます。見えやすいように色付きです。口にためて、ごっくんと飲み込みました。 飲み込む時に一瞬、緑色が見えましたが、ホワイトアウトで何も見えなくなり、次に視野が開けた時にはのどには何も残っていません。
 スローで見ると水が飛び込むと同時に咽頭が絞り込まれます。視野が開けると、上がった喉頭が下りていくのがわかります。 正常の嚥下では飲み込む瞬間と、飲み込んだ後の何も残っていない様子しか見ることができません。

図9:正常の嚥下:ヨーグルト
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 次はヨーグルトです。どろっとしたものは、正常でも舌の付け根に降りてきます。 ある程度たまると嚥下がおこります。ホワイトアウトの後には何も残っていません。気管にも入っていません。
 スローです。少し壁にヨーグルトの名残があるくらいです。

図10:正常の嚥下:おにぎり
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図11:正常の嚥下:うどん
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 では、固形物を食べるとどうなるのでしょう。まずはおにぎりです。もぐもぐしているうちに、舌の付け根にかみ砕かれたご飯が下りてきます。 その瞬間にホワイトアウトして、見えた時にはご飯は消えてなくなっています。口に残ったご飯をさらに飲み込みます。きれいになくなりました。
 うどんを食べるとどうなるのでしょうか。ちょっとすすりにくそうです。もぐもぐします。 のどに降りてくるときにはちゃんと飲み込みやすい形になっています。ごくんと飲み込んで消えてしまいます。しっかりもぐもぐよく噛むことは大事なことなのです。



 動画は横江さんからご提供頂きこちらで準備したものです。 外部サイトにアクセスしていますが再生できないと表示された場合は事務局までご連絡ください。

図12:嚥下障害の原因疾患
図12:嚥下障害の原因疾患
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 ここからは、嚥下障害についてお話します。嚥下障害をおこす病気はたくさんあります。
 口や喉の形の異常をおこすものでは、炎症や腫瘍で腫れてしまう、舌や咽頭の癌の手術で欠損してしまう、背骨の棘がのどを押して狭くする、などの病気があります。
 動きが悪くなる異常をおこすものでは、脳卒中による麻痺をはじめ、さまざまな神経や筋肉の病気があります。
 また、食欲不振や認知症やうつなど心の異常も、嚥下に悪影響を生じます。
図13:嚥下障害
図13:嚥下障害
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 認知期の障害には、認知症や拒食や意識障害などがあります。食物を認知できないため、食べる行動がおきません。 認知が悪いと無理に食べさせることになります。口にためたままになったり、誤嚥をしたりします。
 口腔準備期は偽性球麻痺や舌癌術後などで障害され、口から食物がこぼれたり、丸のみしかできなくなったりします。
 口腔期では、偽性球麻痺などで舌の運動障害がおこると、舌が上あごにしっかり固定できなくなり、嚥下できないまま口の中に食物をため込んだり、嚥下後に口腔内に残留したりします。
図14:咽頭期:嚥下反射
図14:咽頭期:嚥下反射
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 咽頭期の障害は、偽性球麻痺では、筋力の低下・嚥下反射の遅延・喉頭閉鎖のタイミングのずれなどがおこります。 延髄梗塞による球麻痺では嚥下反射が誘発されない、食道入口部が開大しないことなどがおこります。
 咽頭期の障害では、一連の運動がうまく働かないことで、誤嚥・咽頭残留・通過障害が問題となります。
図15:異常例:口腔期の障害
図15:異常例:口腔期の障害
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 異常例をいくつか動画で見ていただきます。
 口腔期の障害では、舌を上あごにしっかり押し付けて食物を咽頭へ押し込むことができなくなります。
 ウングウングするばかりで、バリウムが咽頭へなかなか入っていきません。
図16:鼻咽腔閉鎖不全
図16:異常例:鼻咽腔閉鎖不全
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 咽頭期の障害の鼻咽腔閉鎖不全では、鼻への通路を塞ぐことができないために、食物が鼻へ逆流してしまい、有効な嚥下ができません。
 内視鏡検査では咽頭の収縮が不十分なため、のどちんこのレベルで隙間が空いているのがわかります。
 造影検査でみると、鼻の方へ圧力が逃げるためにバリウムが鼻腔へ逆流してしまっています。
図17:喉頭挙上不全、咽頭収縮不全
図17:喉頭挙上不全、咽頭収縮不全
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 喉頭挙上不全、咽頭収縮不全では、咽頭の収縮が不十分なためホワイトアウトしません、食道の入り口も開かないため唾液や食物が通りにくくなります。
 唾液が下咽頭にたまって気管の方へ溢れようとしています。嚥下しようとしても喉頭は上がらず咽頭も収縮しません。唾液は溜まったままです。
 次は、唾液はあまり溜まっていませんが、やはり収縮は不十分です。水を飲んでもホワイトアウトしません。 一生懸命飲み込もうとしても、食道へ通過できずに咽頭に溜まってしまいます。
 造影検査でみると、喉頭の上りが悪く、バリウムが下咽頭へ溜まってしまいます。食道へは少しずつしか入っていきません。一口飲み込むのが大ごとです。
図18:延髄梗塞
図18:延髄梗塞
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 延髄梗塞になると、梗塞を生じた側の咽頭が麻痺して動かなくなります。咽頭の収縮は不十分になります。 さらに食道入口部が締まったままで開かなくなります。通過障害が生じて非常に嚥下困難になります。
 左の咽頭麻痺です。右側は収縮していますが、左側は緩んだままです。ホワイトアウトもしません。
 造影検査では、のどの動きが全体に悪い上に、食道入口部が開かないために、バリウムが通過できていません。
 唾液がたくさんたまっています。左咽頭の麻痺を認めます。水を飲んでも通過しないので、おぼれてしまっている状態です。 これでは口から食事をとることはできません。
図19:誤嚥
図19:誤嚥
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 最後に、誤嚥を見ていただきます。
 水がジャバッと気管の方へ入ってしまいました。ムセて水を吹き出しますが、また気管の方へ入ってしまいます。
 バリウムが気管の中にツルツルっと入るのが見えます。
 一口の嚥下でこれだけ誤嚥してしまうと、肺炎となる危険が非常に高いために、残念ながら口から食事はとれません。
図20:まとめ
図20:まとめ
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 まとめです。嚥下とは、食物を口、咽頭、食道を経て、胃袋へ送り込む、絶妙な連動で成り立っている一連の運動です。
 ところが、麻痺や筋力低下などで動きが悪くなったり、手術などで形が変わったりして、一連の運動がうまくいかなくなると、 嚥下障害を生じて、嚥下困難や誤嚥をきたします。
 食事に興味がない、ボーっとする、ウトウトするという、認知症や意識障害の時には、さらに嚥下に悪影響を及ぼします。
 嚥下障害を生じてしまったら、より安全に食べるための様々な工夫や、機能を回復させるための訓練が必要となります。 これにつきましては、次の講演で詳しくお話しいただけると思います。
 ご清聴ありがとうございました。(拍手)

豊田: 豊田章宏  横江先生、ありがとうございました。
 内視鏡などの映像で喉の奥を見せてもらうとよく分かりますよね、こうして見ると、我々は「嚥下」という非常に複雑な作業を、 いとも簡単に無意識にやっているんだなあということがよくわかります。今日のお話を伺うと、 子供のころに「ちゃんとよく噛んで、よそ見しないで食べなさい」と大人に言われていた理由がよくわかりました。
横江:  そうですね。
豊田:  そうすると、やはりお口のケアからちゃんとやっておかないといけないし、正しく食べたほうがいいようですね。
横江:  そうですね、はい。
豊田:  しゃべりながら食べると気管に入ることも要注意ですね。
横江:  しゃべりながらよそ見して食べると気管に入りやすいです。
豊田:  また、食べやすい料理の仕方もあるようですね、やわらかさとか、水分の量ですとか、そういうことも関係してきますね。
横江: 横江裕幸さん  そうですね。やっぱり均一にまとまるというのが一番飲み込みやすいので、水分と固体が分離してしまったものは、 食べている間に水分だけが先に入って、むせやすくなりやすいといったこともあります。
豊田:  じゃあ、熱々のラーメンやうどんをすするという食べ方は、非常に高度なテクニックを無意識にやっているということですね。日本人ってすごいですね。
 それでは、ご講演ありがとうございました。(拍手)
講演当時のものです)
 
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