豊田章宏 中国労災病院リハビリテーション科*
では最初に前座を兼ねて「最近の脳卒中事情」というお話をさせていただきます。
皆さん、脳卒中というものを考えるときに、ひとつ、高齢化ということがございます。織田信長が人生50年と言ったのが戦国時代。
今はもう100歳が当たり前になってますね。しかもこの間から年金問題では、戸籍上なんと篤姫さんと同級生なんてひとが現れています。
篤姫さんといったら生きておられたら174歳ですよ。いくらみなさん元気だといってもちょっとキツイですよね、174歳まで生きろっていうのは。
年金問題は別としても、やはり長生きするようになったのは確かですよね。長生きすればどうしても病気にもなってしまうわけですね。
これはもうしょうがないことです。
たとえば、20歳代は夜寝ないでも飲んだり遊んだりできます。朝まで飲んでも次の日はケロっと仕事できていた時代。
これが40歳代になると、子供の運動会に行って走ってみると走れない。歳とっちゃったって気付くのがこの頃。で、眼が遠くなった、腰に来たっていうのが60歳代。
このあたりからいろいろと病気がちになってきますね。あっちイタイ、こっちイタイと。で、皆が集まったら、俺ゃあココが痛いのよと、だいたい病気自慢になってくる80歳代。
100歳にもなると、病気も歳も忘れちゃう。要はですね、年齢をとってくると病気は自然と増えてくるもんだということです。
これは東大病院での臨床データなのですけども、50歳代から徐々に持っている病気の数が増えていくのがわかります。
80歳代ですと平均3.5個ぐらいの病気を持ってしまいます。どうしても身体が傷んでくるわけです。
こうやって複数の病気を持ってしまうからこそ、なかなか一人の専門医で診られないっていう現状がありますね。
ちゃんと自分のことをよく知ってくれているお医者さんをかかりつけ医に持つことが大切ですね。
じゃあ、日本では何の病気でみなさん亡くなっているのかというときに、どんどん死亡数が増えているのがガンです。
長生きすればするだけ細胞がもろくなってきていますから、どうしてもガンになって死ぬ方が増えてきます。脳卒中は1970年大阪万博の頃まではトップ。
それがどんどん減ってきます。ところが1985年あたりになると横ばいになってきますね。それでまた1995年ころからちょっと増えています。
心臓病による死亡数は1993年ころまでじわじわと増え続けましたが、その後大きく減少してからは横ばいです。
脳卒中や心臓病で亡くなる方の数はガンの半分くらいです。亡くなる方の数は長寿になる分だけガンが多い。しかし脳卒中も下げ止まりであるということです。
さて、一口に脳卒中といってもいろいろありますね。いつもこの会では脳卒中とはというお話ししますけれども、おさらいです。
このスライドは脳の断面ですが、このように脳の血管から細い血管が枝分かれしてさらに脳の中に入っていきます。
この細い血管が破れて血の塊を作るのが脳出血です。逆にこの細い血管が詰まるのをラクナ梗塞、ちっちゃな梗塞ですね。
また、やや太い血管で詰まる場合があります。詰まり方に二通りあって、心臓のほうからいきなり血の塊がポンときて詰まる、心源性脳塞栓。
一方、だんだん血管に水垢が溜まってくるように細くなって詰まるのを血栓性梗塞といいます。
血管がだんだん細くなって詰まって電車の中で倒れるテレビのコマーシャルを観たことがありませんか?
あれは心筋梗塞ですけどね、怖いですよね、恐ろしいもんです。知らないうちに動脈硬化は進んでいるわけですよね。
もう一つはくも膜下出血。血管の分かれ目にできた瘤が裂けて脳の表面に出血します。
このように大きく分けて脳出血、くも膜下出血という血管が破れて出血する病気と、血管が詰まる脳梗塞という病気の大きく3つあるのが脳卒中です。
じゃあ、この脳卒中の内容が時代とともにどういうふうに変わってきたのかということですが、脳卒中で亡くなることが多かった頃、
1960年代まではほとんどが脳出血だったのですね、昔は中る(あたる)と言えば脳出血。今は脳梗塞のほうが増えてきているのです。なぜでしょうか?
昔は栄養状態がよくなかったのかも知れません。血管がもろい。それから血圧の高い方が多い。
私も昔勤務していました秋田県などでは血圧200mmHgぐらいの人が結構いらしたものですね。かつては脳卒中県と呼ばれていました。
一生懸命努力して血圧下げるようにみんなでがんばって減ってきたのです。時代は脳出血から脳梗塞に変わってきました。
欧米化した食生活で動脈硬化が増え、血管が詰まる脳梗塞が増えてきたのです。同じように心臓でも心筋梗塞が増えているのですね。
じゃあ、脳卒中の患者さんは本当に減ったのでしょうか。現在の日本で、1年に亡くなる方は約114万人。交通事故は多いですが、これで亡くなる方は年間1万人。
一方ガンで亡くなる方は34万人。脳卒中はその半分以下で13万人。だけど患者さんの数はガン127万人に対して脳卒中は147万人。
ということは、死亡数は下がった。しかし死ななくなっただけで病気になる方は相変わらず多いってことですね。
ですから、その間にかかる治療は長い間必要になるわけですから、ちゃんと手当てをしなければいけないってことなんです。
これは久山町研究という九州大学が長年かけてやっている研究です。
ひとつの町でずーっと健康診断のデータを残していって、どういうふうに変化しているのかを見ています。
60年代、70年代、80年代、3つの世代の集団で見ますと、昔は確かに脳卒中が多かった。
人口1000人に対して10人が脳卒中に罹っていたのが、最近は半分ほどに減っている。その後は横ばいですね。
とくに脳出血は半分に減っていますが、これも横ばい。脳梗塞もやや減っていますが横ばい。
ということは、60年代から70年代にかけて下がって、そのあとそんなに減ってないということですね。
つまり脳卒中は減っていないのです。脳卒中の内容が出血から梗塞というように変わってきました。タイプが変わってきました。
そして、脳卒中によって亡くなる方は確かに減りました。しかし脳卒中に罹る方は決して減ってないのですね。
そのために、介護を要する方が多くなり介護の要因の1位ということでした。
だから予防が最も大切だし、もし脳卒中になっても次に起こさないことが大事ということになります。
治療も大事ですけどもやっぱり予防が1番だろうということです。それで、脳卒中県と呼ばれた秋田ではですね、脳血管研究センターを作って対処してきました。
そこの鈴木先生という方がいろいろなデータを分析しておられます。発生率というのは1970年からこの30年間減ってきました。
ところが今後、歳をとるとどうしても病気が増えるわけですから、また脳卒中が増えてきます。2020年まで、今から10年後までは、患者数は増加してきます。
とりわけあと20年間、2030年までは要介護状態の方々が増えてきます。つまり、介護制度もちゃんとしておかないと安心して歳もとれないということです。
もちろん予防もしなきゃいけない。こういう現実があるのです。
じゃあ、どういったことに我々は気をつけたらいいのでしょうか。これは全国に32か所ある労災病院から集められたデータを分析したものです。
脳卒中と診断のついた方が46,000人という膨大なデータ数がありますね。これを年齢ごとにどういうふうに変化しているのかということを見ていきます。
例えば脳出血の方ですが、10歳代、20歳代という若者にも脳出血はあるんですよ。見ると40歳代から50歳代の間でポンと増えますね。
50代入るあたり、まさに働き盛りの時期ですが、ここでひとつ気を付けないといけないわけです。
年代別に変化を観てみますと、どんどん高齢化してくるわけですから60歳代までは年々減少し、70歳代以上では年々患者数は増えています。
ところが注目すべき点は、この30歳代、40歳代です。絶対数は少ないですけど、年々やや増えています。本当に怖いですね。
ということは、若い人の予防をちゃんとしておかないと危ないということです。コンビニの味の濃い弁当ばっかり食べて、ハンバーガーや揚げ物ばかり食べていると危ないよっていう話です。
どうしても患者さんの数自体が高齢者に多いものですから、そっちばっかり目がいってしまいがちですが、実は若者も危ないということです。
これは女性でも同じですね。女性のほうが男性よりもっと長生きをしますから、80歳代でもまだまだ右肩上がりですね。
ところが40歳代のあたりを見てみるとやはり年々患者数が増えていますね。気を付けたほうがいい。脳梗塞でも同じことが言えそうです。
40歳代から50歳代になった時にポーンと患者数は増えます。この辺は危ない年齢ですね。女性も男性と同じく傾向です。
じゃあ発症する季節はどうでしょうか。これは、脳出血、脳梗塞、クモ膜下出血3つに分けて月ごとの患者発症数を見たものですが、
だいたい脳卒中はくも膜下出血以外では女性よりも男性に多いものです。季節変化を見ていただくと脳出血は7月に少ないですね。
昔から脳卒中は冬に多いっていうイメージがありますが、こうして分析してみても確かに脳出血は夏に少ないです。寒い時期の12月、1月に多いようです。
年末年始の慌ただしい時期です。特に今から10月以降に寒くなってくると気をつけなければいけないのは、急な温度差ですね。
いきなり寒いところに出るなどは危険です。昔はトイレも寒かったじゃないですか。田舎だと屋外にトイレがあったこともあります。
今ではさすがに居住環境もよくなってますし、そういうのは少なくなっていますけど、それにしてもやっぱりこういう気温の差には今からちょっと気をつけてくださいね。
健康のためだからとか言って、寒い朝にいきなり外に飛び出してウォーキングするとか、そういうことをしないようにして欲しいですね。
じゃあくも膜下出血はどうでしょうか。
クモ膜下出血は世界中の論文をみても、そんなに季節は関係ないっていうものが多いのですけれども、なんとなくやっぱりこの暑い時は少ない感じがしますね。
どっちかというと季節の変わり目、秋口とか春先にちょっと増える。そういう傾向があります。
だから、だいたい今(10月)からの季節の変わり目は体調に気をつけてください。そして、くも膜下出血だけは、男性よりも女性が多いですから女性の方気をつけてくださいね。
気をつけてといっても、動脈瘤がもととあるかどうかということがありますので、気をつけようのない部分もありますが、血圧とかの管理にも気をつけてください。
それから脳梗塞の中では心原性脳塞栓(不整脈で心臓から血栓がポンと飛んでしまうタイプの脳梗塞)、これは歳を取るほど増えるのですが、
これは男女共に冬場に多いですから注意して下さい。これは脳出血と同じ傾向ですね。ところがですね。脳梗塞の中でも細い血管が詰まる場合がありましたね。
そうですアテローム血栓性脳梗塞とかラクナ梗塞です。これらは逆に春から夏、暑くなるときに増えます。
ですからこういう系のものはですね、脱水とかに気をつけないといけないですね。今年の夏は暑かったじゃないですか。
いわゆる猛暑で熱中症を発症して家の中で倒れ運ばれた人も多かったですね。こういう状態ですと脱水にもなっていますから、
同時に脳梗塞だって起こしている可能性が高いわけです。とにかく夏場は水分をちゃんと摂る。それから冬寒いときは温度差に気をつける。
こういう対策をきちっとして欲しいと思います。
まとめてみますと、脳出血は男性に多くて明らかに冬場に多いです。寒さに気を付けましょう。
くも膜下出血は男性より女性に多くてどっちかというと秋口に多いようです。心臓から起こる脳梗塞は男女共に同じように冬場に多いですから、気を付けてください。
それから、ラクナ脳梗塞に関しては春から夏、暑い時期に多いですね。一般的に脳卒中は冬に多いっていうイメージがありましたけど、
タイプごとに見ていくとちょっと違うということがありますから、それぞれにあった対応に気を付けてください。
総じて冬の温度差、夏の脱水、この2つ注意して欲しいと思います。
この会を後援してくれています日本脳卒中協会というのがあるのですが、ここがこういうポスターを作っています。脳卒中予防週間というものがあります。
これ実は5月25日から31日なんですね。最初、なんで脳卒中の予防が春なんだろうなと不思議に思っていたのですが、確かに最近では脳梗塞が増えてますから、
さっきのデータを見ていただくと、この時期に水をちゃんと飲みなさいっていうポスターを作っているのは頷けますね。なかなか賢いなと思って。
これを最初見たときは水道局のポスターかとも思ったんですが、実はちゃんと水を飲んで脳梗塞を予防してくださいってことだったのですね。
こういうデータに基づいた予防は大切ですが、もうひとつご披露しましょう。
この画面を皆さんご存知の方いらっしゃいますか? 実は広島県医師会が中心となってやっているのです。脳卒中・心筋梗塞予報をやっているのです。
中国新聞にも載っていると思います。それとホームページでも見ることができます。これもいろんな気象データをもとに、今日はちょっと危ないよとか、
普通ですよとか、そういった情報を与えてくれますので、やはり我々も日々見て、ちょっと気を付けるってことも大事だと思いますので、
活用していただきたいと思います。
まとめになりますけど、脳卒中は決して減ってはないのです。ですから生活習慣病、血圧とかのコントロール気を付けてください。
それから季節の変化、自分でできることですから、それにも気を配ってください。まずご自分の体重とか血圧を知ってください。
今日、会場の外の「街の保健室」でも計測していましたね。自分の血圧、体脂肪、そういったことを知っておきましょう。
それから我々もひとのことばかりは言えないのですけれども、食べ過ぎ、飲み過ぎ注意しましょう。ひとに言うのは簡単なのですけどね。自分ではなかなか。。。
そして生活リズムをバランスよく整えましょう。仕事は確かに忙しい、ですけれどもリズムをちゃんと作りましょう。夜寝て、朝起きるのが一番いいです。
適当に運動しましょう。でも明日からいきなり走ってはダメですよ。まずは歩くことから始めましょう。それから最後はこれです、ストレスを溜め込まない。
やっぱり笑うってことはとても大事ですので、これを何とか忘れないように心がけて毎日楽しく過ごして欲しいと思います。
以上でございます。ご清聴ありがとうございました。
(*講演当時のものです)
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