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【講演3】
嚥下障害に対するリハビリテーション・対処法
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豊田: 豊田章宏  ここで皆様に大事なお知らせがあります。カープは1回裏に6点取っています。(拍手)なんと打者一巡して菊池までいったそうで、エルドレッドがホームランも打っていますね。鈴木もこのシリーズではじめてヒット打ったようでございますので、安心して後半の講演も聞けると思います…。  それでは、今の嚥下の知識が消えないうちに、リハビリのお話も続けていきましょう。
 嚥下という複雑な機能のいろんな障害に対して、どういったリハビリあるのか、どんな対処をするのかということを、中国労災病院リハビリ科の言語聴覚療法士の木村徹さんから伺いたいと思います。
 じゃあ、木村さんよろしくお願いいたします。(拍手)

写真・木村 徹さん 木村 徹 さん
  中国労災病院中央リハビリテーション部 言語聴覚療法士



 労災病院の中央リハビリテーション部、言語聴覚士の木村といいます。カープのほうは神ってるんですけど、 僕の舌はカミカミなので、ちょっとお聞き苦しい点があるかも知れませんけれどよろしくお願い致します。(拍手)
 一応、嚥下障害に対するリハビリテーション・対処法という題でお話させて頂きます。
 今日、お話することは。嚥下障害と栄養不足。横江先生とお話がかぶるところがあるかも知れませんけれどよろしくお願いします。 で、嚥下リハビリテーションの進め方。治療的アプローチと代償的アプローチということについてお話します。
図1:嚥下障害はなぜ怖いのか
図1:嚥下障害はなぜ怖いのか
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 改めましてなぜ嚥下障害は怖いのでしょうか?
 それは、食べ物が飲み込めなくなると、食べる量が減ります。そうすると必要なエネルギーを十分とることができなくなるため体力が低下します。 いわゆる不健康な状態になります。そして簡単に肺炎になったり、床ずれをおこしやすくなったりして、起き上がるのが大変になり寝たきりという状態に陥りやすくなります。 寝たきりになると、寝てばかりいてはおなかもすきませんし、寝ながら食べるのは大変なので、ますます食べ物が飲み込みにくくなります。 そしてまた食べる量がさらに減る、という悪循環になり、とても体が弱ってしまうのです。
図2:嚥下障害のサイン
図2:嚥下障害のサイン
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 嚥下障害のある人には、いくつかの外見上の特徴が見られます。それは意識の状態、呼吸の仕方、話し方、筋肉の付き方、姿勢など全身に及びます。 主な観察ポイントと、そこから読みとれる嚥下障害のサインをスライドに示しました。
 ひどくやせていないか?
 目が覚めているかどうか?
 声は出るか?
 痰はたくさんでているか?
 口の衛生状態は?
 口が異常に乾燥していないか?
 のど仏が下がっていないか?
 呼吸の状態は?
 首の筋肉の状態は?
 首は動くか?
 猫背か?
 このようなサインは栄養不足や病気の前触れかもしれません。気をつけてください。
図3:どのくらい食べればいいの?
図3:どのくらい食べればいいの?
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 では次に、どのくらい食べればよいのか、ということについてです。これは、厚生労働省が示した日本人の食事摂取基準というものです。 これはおおよその目安ですがどんな御病気か、どんな生活を送っているかによって、必要なエネルギーの量は増減します。 これを見ると、意外にたくさん食べないといけないんだな、と思われると思います。 年齢を重ねていくと食が細くなったりしますが、健康を維持するためにはしっかりバランスよく、食べることが必要です。
図4:今日お話すること
図4:今日お話すること
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 ではリハビリの話に入っていきたいと思います。まずリハビリの進め方についてお話します。 スライドには治療的アプローチと代償的アプローチと書いていますが、治療的アプローチとは、大雑把に言うと脳卒中や他の病気によって悪くなった口や舌、 のどの動きなど、とにかく悪いところを訓練して治してしまおうという考え方で、 代償的アプローチとは、訓練しても、もうこれ以上は難しいですよという状態の中で、その残された機能、能力を利用してどうにかしようという考え方です。 まそれが姿勢であったり、食べさせ方であったりということです。
図5:正常な嚥下のための必要条件
図5:正常な嚥下のための必要条件
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 さてリハビリの話の前ににちょっとおさらいですが嚥下、飲み込みの仕組みについて、アニメーションでお見せします。(注:右図はアニメーションではありません)
 これは、人間の体を縦に半分に切って横から見た図です。ここが鼻、ここが唇、舌、そしてここが気管、後ろ側が食道です。 このオレンジ色の塊は食べ物です。咀嚼して、ごくんと飲み込みます。正常な嚥下をするために必要な条件としては、口唇が閉じられる。 咀嚼してひと塊にした食物を送り込むために舌の蠕動運動ができる。
 嚥下反射により… 軟口蓋があがって、鼻への道をふさぎます。 喉仏にあたる喉頭が前上方に持ち上がります。この時喉頭蓋という部分が後ろに倒れて、気管の入り口をふさぎます。食道が開いて、食物が通過します。
 安全面を考えると… 咳ができるなどが挙げられます。そこでその条件を満たしていくためのリハビリについて順を追って紹介していきます。
図6:口唇の強化
図6:口唇の強化
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 まず最初は食物の入り口である口唇の強化です。口唇の強化としては、『パの発声』をしていただきます。 パを発音するときに唇を一度ぎゅっと閉じます。 この動きが、唇をしっかり閉じるためのトレーニングにもなり、食事のときの食べこぼしなどが軽減されます。 それと頬を膨らます運動です。口唇から息を漏らさないように頬を膨らませます。
図7:舌の運動
図7:舌の運動
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 2つ目は、食物を送り込むための舌の運動です。舌を出したり引っ込めたりする前後の運動、そして左右・上下に反復して動かします。そして「タ・カ・ラ」の発音をしていただきます。
『タ』 = 『タ』を発音するときは、舌を上あごにグッと押し当てます。食べ物を噛むときや飲みこむときには、舌は上あごにしっかりついていなくてはいけません。『タ』の発音はそれらの動作に必要な筋力を高めます。
『カ』 = 『カ』の発音は、のどの奥に力を入れてのどを閉めます。食べ物を食道へ運ぶためには、一瞬息をとめて気管を閉じる必要があります。『カ』を発音するときのように、スムーズにのどの奥に力が入るように鍛えます。
『ラ』 = 『ラ』を発音するときは、舌先を反り返らせ前歯の裏につけます。舌を反り返らす動きは、舌の動きをスムーズにする効果があります。
図8:軟口蓋の拳上
図8:軟口蓋の拳上
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 3つ目は、軟口蓋を挙上させる目的としてブローイングを行います。鼻からゆっくり息を吸って、口からできるだけ細く長〜く息を吐いていきます。 他に図のような水の入ったペットボトルにストローを入れ、ストローからブクブクと泡を立てて息を吹いたり、吹き戻しを吹く方法もあります。 このブローイング、「息を吹く」という運動ですが、息を吹くと軟口蓋が挙上するという動作が元々私たちの身体にはプログラムされており、その作用を利用した訓練です。
図9:声帯を閉じる
図9:声帯を閉じる
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 4つ目に声帯をしっかり閉じるという目的で、プッシング;全力で壁を押したり、 プリング;まぁ"引っ張る"という意味ですが、腰かけている椅子の坐版を引き上げながら、「アッ」と息をこらえながら発声する運動です。 この瞬間的に息をこらえる動作には、軟口蓋が挙上する、そして声帯が強く閉じるという作用があり、その強化を目的とした訓練です。
図10:喉頭を挙げる
図10:喉頭を挙げる
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 そして5つ目は………高年齢になるとどうしても気管の入り口にある喉頭という部分、いわゆる喉仏のところを支える筋肉にゆるみがでて、 その位置が下に下がってきてしまいます。嚥下をする時には、喉頭を挙上させることが不可欠ですので、 喉頭が下がるということは安全な嚥下をするためには不利に働いてしまいます。その嚥下に関する筋肉そのものを収縮させる訓練が、シャキア訓練とおでこ体操です。
 シャキア訓練:仰向けに寝て、両肩を床につけたまま、つま先を見るようにして頭を上げます。
 おでこ体操:手を額に当て、手と頭で押し合うように手と頭に力を入れます。
 どちらも、首・のどに相当な力が入り負荷が大きいので、訓練によって血圧が上昇すること、首に負担がかかることを留意して適用する必要があります。
図11:姿勢(車いす)
図11:姿勢(車いす)
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 これは車椅子で座っている時の横から見た悪い姿勢と良好な姿勢を示しています。左の方は、首や肩に無駄な力が入り、リラックスして息ができない、 誤嚥した時にしっかりとした咳がしにくいことなどが上げられます。体が崩れたような姿勢では、姿勢を保とうとして首や肩に無駄な力が入るなど、 食事に集中できなくなる可能性もあります。なにより頭が後ろに傾いており、頭が上を向く、顎が挙がったような状態の時、 のどの中はどのような状態になっているかというと、いわゆる救命救急時の「気道確保〜」の状態になるので、安全に食事をするといった観点からすると不適切です。 一方右の写真では首や肩に無駄な力が入らずに、リラックスし、軽くあごを引いた状態で、両足が床に着き、 バランスのよい安定した姿勢では、身体に無駄な力が入ることは少なく、より食事に集中できることと思います。 ちなみに顎を引くと喉の中はどのようになるかというと、図のように第二のドアである軟口蓋は鼻への通り道をふさぎ、 第三のドアである喉頭蓋は気管の入り口をふさぐ方向に動き、誤嚥を防ぐように働くことになります。
図12:姿勢(リクライニング位)
図12:姿勢(リクライニング位)
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 今度はベッド上での姿勢です。脳卒中などで右半身あるいは左半身に麻痺を生じ、 自分で身体のバランスを整えることが出来ない場合や食物の送り込みに問題のある場合にはベッドの背もたれを倒す場合があります。 教科書的にはリクライニング30度、リクライニング60度と表現してその有効性が紹介されていますが、食べやすさには個人差がありますので、 その方の一番良い角度で調整する必要があります。ですがいずれにしてもこ必ず押さえてほしいのは首の姿勢です。 背中・首のあたりには枕やクッションを適宜調整して軽くあごを引いた状態を心がけましょう。
図13:頸部前屈位
図13:頸部前屈位
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 補足ですが、ざっくりと軽く顎を引いた状態を心がけましょうといいましたが、どれくらいが適当かといいますとあごから胸までの距離は手の指3〜4本といったところです。
図14:適切なテーブルと座面の高さ
図14:適切なテーブルと座面の高さ
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 そしてさらに補足で、適切なテーブルの高さについて言うと、人間工学(にんげんこうがく)の見地では、このような尺度があります。 座っている座面からテーブルまでの適度な高さを「差尺」と言いますが、この差尺の計算はごらんのように、座高×三分の一引く2〜3cmとのことだそうです。 座高は身長×0.55です。どうぞ参考にしていただければと思います。
 人間工学:人間が可能な限り自然な動きや状態で使えるように物や環境を設計し、実際のデザインに活かす学問である。 また、人々が正しく効率的に動けるように周囲の人的・物的環境を整えて、事故・ミスを可能な限り少なくするための研究を含む。
図15:介助者の姿勢
図15:介助者の姿勢
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 さて安全に食事をするための食べ方についてです。まずは介助をする人の姿勢についてですが、まず相手と同じ目の高さに座って介助しましょう。 上の図では、介助者が立って介助をすると、介助者の手の位置もおのずと高い位置になります。そうするとついつい相手の目線も高くなり、顎が上向きになりがちです。 先ほども申し上げましたが、首が反り返って顎が上がるような姿勢は、誤嚥の危険性が高くなります。下の図は目線の高さが同じで、 介助される側は見降ろされている感じもなく安心でき、介助する側も落ち着いて介助ができるかと思います。 そして、介助する方は必ず嚥下反射(喉頭が上下する動き)を観察し、また口の中に残留していないか確認してから次の一口に進むよう心がけてください。
 立って食事介助を行うと下の写真のように介助者の手の位置が高くなることで、 患者の目線も高くなり、頸部が後屈します(図1)頸部が後屈することで自然と誤嚥(気管に食べ物は入る)を起こしやすい姿勢となります。
 介助者が椅子に座って介助を行うと下の写真のように自然と患者さんと同じ目の高さとなり、頸部は後屈せず、前屈します(図2) その体位は食事摂取時の誤嚥を予防することにつながるため、介助者の姿勢が重要になります。
図16:一口量
図16:一口量
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 そして一口量についてですが、その人その人それぞれに合った一口量で介助しましょう。 多すぎると口の中やのどの周辺に食物が残って、それが予期せぬ誤嚥を引き起こしかねません。 逆に少なすぎると刺激が少ないために嚥下反射が起きない場合もあります。この一口量についてはこれくらいって決まりはないのですが、 経験上ティースプーンが適当かな〜と思ってます。
 あと、口腔内に食べ物がある時には話しかけないようにし、飲み込むことに集中してもらいましょう。
図17:麻痺患者への介助
図17:麻痺患者への介助
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 麻痺がある方の食事介助についてですが、まず麻痺側の手をオーバーテーブルに乗せると姿勢が安定すると思います。右麻痺の方は右手、左麻痺の方は左手です。 そしてどちらも麻痺の反対側、身体の良い方の手と肘を支えながら介助します。 右麻痺では右顔面や舌の右側に、左麻痺では左顔面や舌の左側に麻痺を生じている可能性があるため、それぞれ口の中に食べ残しがないか確認しながら介助しましょう。
写真
 本日は極簡単ではございますが、嚥下障害のリハビリや安全に食事をするためのポイントについてお話させていただきました。 今回お話ししたことはどこかで見聞きしたことがあるかもしれませんが、このちょっとしたポイントやコツを丁寧に行うこと、継続することがとても大事だと思います。 私たちが「口から食べる」「食事する」ということは身体を動かしたり、考えたりするなど、生命活動エネルギーの源であり、 動物の「本能」として、生まれつきプログラムされています。ですが、それが図らずも脳卒中などの病気や、 加齢に伴ってどうしても食事が困難になってしまった方々も実際にはたくさんおられます。 しかし「口から食べる」という行為の継続は病気からの回復だけでなく、日常生活動作の向上、生活の質の向上へとつながると思いますので、 少しでも食べる機能が残っているのならやはり「口から食べる」ということにこだわる必要は大いにあると思います。 自分もその助けに少しでもなれるよう努力していきたいと思います。

豊田:  はい、木村さんありがとうございました。(拍手)
 お話の中でいろんな顔の動きが出てきましたね。こちらから会場の皆さんのお顔を拝見していますと、結構皆さんも一緒になって顔を動かしてるな〜と…。
 さて、次は実際に運動してもらいますけど、その前にトイレ休憩をしておきましょう。 カープのほうも乱打戦になってきておりますので、ちょっと休憩をはさみたいと思います。

講演当時のものです)
 
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